法月綸太郎 ノーカット版密閉教室

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あらすじ

梶川笙子は毎朝一番に教室にやってきていた。誰も居ない静寂満ちた教室で時間を潰す朝は非常に気持ちが良いのだ。ただ、その日は思惑外れとなる。毬江北高校の二階にある7Rの教室のドアは横に引こうとしてもびくともしなかった。何かがつっかえているのだろうか?それとも誰かが先に来ていて閉めているのだろうか?このドアには鍵などかけられないためそう思った。
「誰か、中にいるの?」
ドアをノックしながら声をかけてみる。返答は無い。気持ちの良い朝だというのに台無しだ。そこに担任の大神龍彦がやってきたので事情を話した。訝しげな顔をしていた大神だったが、ドアが開かないことを確認してやっぱり笙子と同じ行動に出た。
「おうい、誰か中にいるんだったらふざけてないでさっさと外に出ろ」
ドアを叩きながら声をかけて一瞬待ってみる。やっぱり静寂だけがこだました。大神はドアを蹴破ることにした。柔道有段者だけに筋力はそれなりにあるのだ。数回蹴ってドアを開く。中には生きた人間はいなかった。黒と赤の混じったペンキを体中に塗りたくられた物が教室の中央に座している。笙子はそのまま悲鳴混じりに気絶した。

その悲鳴を聞いた吉沢信子はまだ一階にいた。いやな胸騒ぎを覚えながら階段を上がる。歩みはせっかちな駆け足になっていた。7Rの教室のドアの前に大神と倒れている笙子を見て駆け寄って声をかけた。
「笙子に何か――、何かおかしなことでもしたんですか?」
「何だって。冗談じゃない、それどころではないんだ」
大神は教室の室内で中町が死んでいることを説明した。中町は大神のクラスの生徒だった。大神は梶川の介抱を吉沢として、気がついた梶川を吉沢に託し保健室に向かわせた。警察に通報する前にもう一度中の状況を見たいという大神に中町は現場の保存をすべきだという。実にもっともな話だ。しかし大神はこう返した。
「そうかもしれんが、かまわんさ。中町は、おれの生徒だ」

工藤順也が朝自転車登校してくるとパトカーに道を聞かれる。一体何だろうと思っていたが、自分のクラスの前に人がたむろしていたし、状況を聞けばなるほど、疑問は氷解した。同級生である中町圭介が自殺したという。
しかし、次第に状況は変わってくる。中町は本当に自殺したのだろうか?古典的な密室での自殺だが、実に変なことに教室にあったはずの机と椅子まで消えている。教室中央で首を切ったという中町は一体いつ死んだのだろうか?ミステリーマニアの工藤順也はこの状況から答えを導き出せるのだろうか?

感想

法月綸太郎五作目。デビュー作のノーカット版を金のためだけに出したと正直に言ってしまうところがらしいですね。まぁ、私は長編に全くと言っていいほど手をつけてませんからノーカット版から読もうがディレクターカットされた方を読もうが大して変わりないわけですが。
主人公兼探偵役の工藤順也は明らかに『探偵物語』の松田優作演ずる「工藤俊作」から取られた物のようです。ハードボイルドっぽいはずなのに全然決まらなくて、間抜けさが漂うギャグとシリアスの入り交じった所は特にそれを感じさせます。でもこれに対して言及したのは見たこと無いなぁ。確かに特有のギャグを入れているけど全然面白くないのが関係しているのかも。
何故か青春小説をベースにした本格ミステリーとして論じる人が多いように思いましたが、これを青春小説と考えるのは間違いじゃないかなぁ。好意的に見過ぎかと。学園を舞台とした人物を使えば全て青春小説となるというような暴論を説いているのと同じに感じました。まぁ、カット版との差異がここにあると指摘している人も居ますが、読んでないので私には解りません。読み比べを行った場合にはそれを感じることが出来るのかもしれません。あと、一点、青春小説っぽいなぁって思わせるところもありましたけど、ここじゃあ説明できないのがいたいです。
それにしてもやっぱりこの作者とは合わないのを再確認しましたよ。感情的なやりとりじゃなくて理知的に描きすぎているのと調子っぱずれのユーモアが駄目らしい。特にこの頃は洗練されていないのでなおさら駄目な気がする。やはり時代性かなぁ。
怒りの原動力となる案件が登場したのは佳いけど、ほのめかしは意味不明だし、行動は突飛だし、何がしたいのかよくわからない。だって費用対効果が低すぎてリスクに見合わないんだもの。探偵は死地に飛び込んで死中活路を見出す、虎穴に入らずんば虎児を得ずを地で行こうとして保険すらかけずに自殺行為をしようとするのは馬鹿だけで十分です。まぁ、冒険小説的な山場を作りたかったのかもしれませんがね。主人公は本格の例に漏れず演説好きなのはもはや戯化してるんでしょうか。
推理以前に犯人のミスリードのための伏線が無いのがちょっと気になりました。ま、ストーリーそのものの伏線は沢山見つけられましたけどね。
この当時からもうエラリー・クイーンの罠にかかっていたようですねぇ。雀百までなんとやら・・・。
60点
作者はこれを読んでさぞや自己嫌悪に陥っただろうなぁ。若気の至りを校正しているときの苦虫を噛みつぶすような思いを読後に感じられるのが唯一の救いかな。

参考リンク

ノーカット版 密閉教室
法月 綸太郎
講談社 (2002/11)
売り上げランキング: 339,331

ネタ割り

読後にお読み下さい。








































































ええ、この小説メタミステリなんです。そう考えると、わざわざ危険を冒したり、死んでいると無理矢理にこじつけたりしたのも何となく理解できるところですね。
自分を主人公にした小説を書いて、自己満足する、その為だけに作られた話だから関係を持てなかった人物への鬱屈した思いがあった、そういう内容が有ったのならば青春小説っぽいわけですが、でもこれは過ぎ去ってしまった青春を懐かしむそんな内容でもあるわけです。だから厳密には青春を懐古するタイプの小説と考えるのが妥当なんじゃないかなぁと思ったりしましたが、流石に全部ネタ割っちゃうと台無しですからねぇ。ある種の人にとっては地雷小説かもしれない。だってこれ考えれば考えるほどすげぇイタイ小説でしょ。好きでたまらないから小説を書いた。書き終わった瞬間は満足感が有ったかもしれないけれど、その後は人に見せることが躊躇われるような物体に変化、捨てるに捨てられないしどうしよう的な一種の呪物になっちゃうわけですからねぇ。世の中にはそういった物を抱えている人は結構居るのかもしれない。
にしても、ネロこと大神が犯人の一人であるってのが初めから示されていて、それがミスリードでも何でもないっていう捻りがない手段を用いたのはどうなんだろう。対立構造を上手く使って感情移入でもさせようとしたのかな。にしては中途半端な手管に感じた。
ガムテープの密室にしたって密室状況が初めから作られたのは見え見えだしねぇ。
編集者が冗長と考えて切ったのは正解だね。