秦建日子 推理小説

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あらすじ

新宿の公園で中年の男性と女子高生が殺された。二人に接点はなく、おそらくは通り魔的犯行、若しくは変質者の犯行によって命を落としたものだと思われた。男性の方は左の眼窩に穴を穿たれ、本来ある眼球はナイフで抉られたらしくどこかへ消えていた。犯行状況から見るに男性が先で女性の方が後に殺されたもののようだ。
現場にはこう書かれたシンプルな白い紙に茶色の縁取りを施したしおりが転がっていた。
「アンフェアなのは、誰か?」


雪平夏見は変な女刑事だった。コンビを組まされている安藤一之にそのしわ寄せが全部来ていると言っても過言ではない。警視庁捜査一課で最も検挙率が高く、数字だけを観れば確かに有能と言って佳いかもしれない。しかし、事件が起こったら虎の尾を踏むように寝起きの悪い雪平を起こしにマンションまで行って現場まで運んでいかねばならないし、現場では禁煙だと何回も言っても利かないので携帯灰皿まで持ち歩かねばならない。それに現場では被害者のチョークの印の所に身体を横たえる事もある。被害者の最後の視点を知りたいのだそうだ。だからこんな時は10分近く何か考えるらしく一人手持ちぶさたに時間を潰さねばならない。安藤は言うまでもなく雪平に振り回され、不幸だった。
それでもまぁ、役得だと思わないこともない。雪平は酒を飲んで寝た後は大抵全裸だ。30を過ぎてもなお張りを失わないスタイル抜群の姿態を視姦出来ること、ただそれだけが役得なのだが、ゴミ屋敷の如き腐界を泳ぐ趣味は安藤にはなかった。
安藤は知らなかったが、雪平は既婚者だった。いや、かつて既婚者だったと言った方が佳いだろうか。彼女は自らの娘の前でジャンキーの未成年者を射殺した。雪平に襲いかかる前に七件の傷害があったし、おまけにナイフの所持もしていた。当然の処置だったのだが、成年者を殺したかどでマスコミから盛大なバッシングを喰らう事となり、娘は母を人殺しと位置付け、夫と共に距離が離れて行くには時間は余りかからなかった。雪平はある意味で漂流者だった。ただ、刑事であることは止められないので続ける。しかし、心の安らぎをどこかに求めようとしても拒否され続ける。ある意味で壊れているのかもしれない。そんな彼女だからこそ現場に立ち事件に真摯にあたれる部分もあった。


第三の殺人はすぐに訪れた。弱小出版社の岩崎書房が贈る「BUNGAKU新人賞」という賞の授与式で男が死んだのだ。そしてまたあの栞も・・・。その後出版社各社と警察に「推理小説(上)」と書かれた小説が届き、最低価格三千万で最も高く金額を提示した会社にその権利を譲る旨を記していた。そう、第三の殺人までの小説なのだ。猶予は一週間。つまりは権利を買わなければ殺人は続くという・・・そういう話なのだ。

感想

秦建日子初読み。この作品は現在フジ系で放映されている番組『アンフェア』の原作ノベルです。なお、作者名は本名だと言うことらしい。「はた・たけひこ」って相当に珍しいですわ。読み方を観れば解るように男性なんですが、どうしても「子」が付くと女性だと思ってしまいますよね。なお、作者が脚本家なのでデビュー作と言うことになるとちょっと微妙な感じがしますが、小説家としてはデビュー作なのは間違いがないので拘る部分じゃないでしょう。
正直に言ってインパクト勝負な小説です。大がかりなトリックは出てこない、フェアもアンフェアもそれ以前に情報の量があまりにも少ない。文字は大きく文字数は少なく、馬鹿な読者をおもんばかって難解さは極力なくす。故に少ないと言うより元より取捨選択を作者サイドがしていて、出来るだけ無駄な情報を省いたスリムな内容となっています。これは一般聴視者がディープな「本格」にはほとんど興味がないという所を作者は解っているんでしょう。出来るだけ効果的な見得を切るようなドラマ用の内容が中身のほとんどを占めます。
こうなってくると典型的劇場型犯罪の様相を呈してきます。ただ、アンチミステリーとするには若干チープすぎないかな。ま、大袈裟なところはいかにもドラマ向きといったところではありますけどね。センセーショナルなストーリーにすれば読者は付いてくると考えて狙って書いたんでしょう。内容的には叙述の類と考えるべきか。それにミステリーというよりはどちらかというと犯罪実録物の方に内容は近いような気もする。本格が「ロジカルだけで解ける物語」であるならば、本作は「ロジックよりも感情を、意外性を、ショックを優先させた物語」というようになる。というか、第三の殺人においては犯行可能人物はほぼ一人ですから半分読まないうちに「あのー犯人解っちゃったんですけど」とケイゾクの柴田風に思いました。で、結局その通りに着々となってしまうに至って計算は感じたけれど、それよりも感情を優先させる遊びを残していたり中々見所があるように感じましたが物足りないのもまた事実。1600円でこれしか内容がないならば初めから文庫を買った方が佳いでしょう。
小説をあまり読まない人向けです。本格嫌いな人でも読めるミステリの部類でしょうね。
なお、ドラマの方では雪平の元夫についても出てきたり、捜査状況の報告などについてもきちんと描写しますから情報ははるかに多いのでドラマの方が楽しめるかと。こういっちゃあなんだけど、1時間枠(正味45分ぐらいか)のドラマを10回以上もやる事を考えたら、本書はあまりに内容が無さ過ぎるのよ。キャラクターにしても「格好いいけど人間的に駄目な」雪平と、「人間としたらいい人だけど恋人にするにはちょっと・・・な」安藤にロマンスがありげに思えても、結局そんなことにはならないし、そもそも眼中にすらありゃあしない。てか、もっともっとあわーくあわーく、気付くか気付かないかそれぐらいで描写していった方が良かったとも思うけどなぁ。
そうそう、作者はなんか今本作の2を執筆中らしい。『Scream』みたいだと思う自分は変なんだろうか。ライトユーザー向けに描くのは戦略として解るけどかけるんだろうからもっと情報量を増やして欲しいな。最低限ドラマの脚本の分量ぐらいは欲しいよ。
60点

参考リンク

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