山本文緒 きっと君は泣く

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あらすじ

椿は中学生の時親類の葬儀で出会った祖母が大好きだった。凜として女性の強さを体現したかのような威厳を持った言動と立ち居振る舞いは憧れるのに十分な立派さ加減だったからだ。
母は祖母が嫌いだったようだ。同じく椿自身のことも気に入ってはいなかった。祖母は椿に言う。「私の若い頃にそっくりだと」
椿はそれが自分を肯定してくれる数少ない言葉であったし、なにより身内でそういわれることに誇らしさを持った。自分の外見は美的センスからしてもまずい物ではないという論証として。
だが、椿の美貌に対して母はいつも冷たく突き放してきた。それに対する反発も少なくないが、近所に住んでいたはずの祖母とまったく面識を持たせないようにする母には一体何があるのかという疑問も生んだ。
祖母と母は外見的に全く似ていない。母は細身のシュッとした女性で長い銀髪が歳を感じさせるがそれでも色気が漂っている。それに引き替え母はドングリのような顔で背も低い。言われなければ血縁関係にあるとは考えにくいだろう。きっと外見的に劣っていることをひがんでいるのだと椿は考えていた。それが椿の家族であった。
そんな格好の良いはずの祖母がある日を境にしてぼんやりするようになり、父と車でドライブ中に事故に巻き込まれてしまう。首をむちうち症になったぐらいであったが兎に角入院と相成り、それ以降どんどんと祖母の人格は蝕まれていく。アルツハイマーではないが入院のショックによる健忘症(認知症でもボケでも可)はどんどんと祖母を変容させていき、椿が誰なのかすら解らなくなっていく。それは椿にとって悲しい出来事だった。
それを追うように父が倒れる。父は椿にとって唾棄すべき人物だった。自分の父親だとは認めがたい変態野郎だったのだ。実の娘の裸の写真を知人に売り渡したり、連れだって売春旅行に行ったりと経済力がなければとても省みられるような人物ではなかった。そんな父が倒れた原因はB型肝炎の劇症発作だった。買春で感染したらしく自業自得だった。だが、経済的頼りにしていた父の会社はここ最近危なかったという事実。そしてすぐに倒産となり、住み慣れた家を売る決断をせねばならなかった。
椿はもう社会に出てはいたが、未だに派遣会社のコンパニオンをしていて、しかもどれも長くは続かないお気楽な生活をしてきた。男と見れば股を開き、男達の海を渡ってきたというのも一側面だ。決してセックスが好きなわけではない。だが、自分を求める人物に餓えていたというのも事実だ。だとしても、誰か一人というのは性分ではなかった。中学の時に処女を捧げたグンゼという男と未だに繋がりがあったし、くっついたり離れたりしていた。椿はこれも血筋だと考えていた。祖母はお妾さん、つまり愛人をやっていたらしい。詳しい話は親類の誰に聞いても、ましてや本人に聞いても口を濁すだけだったので椿はよく知らない。だからぼんやりと祖母も似たようなことをやっていたのだろうなぁと思うことにしていた。
だが、全ての幻想は打ち破られる。椿は何一つ自分には真実が告げられていないことを知り始める。

感想

山本文緒初読み。弟の友人が勧めてきたのを借りて読んでみました。女性にしてはなんかこう読みやすい人ですね。女性作家を苦手にしている当方としては良いことです。
なんだかんだ言ってもやっぱり恋愛なんですよね。そこが主眼。そしてそれに添えられる背景には虚栄たっぷり。
総じてドロドロの宿縁劇って感じ。因果応報だわな。悪女・尻軽・ヤリマン・色情狂・セックス依存症キチガイ、呼称はなんでもいいけど馬鹿女の典型例の主人公は何がしたいのか不明だわ。自分の美を誇り、意味もなく股を広げるだけの存在って一部実在するだろうけどそれ以外の女性が迷惑するわな。そりゃまあ顔は綺麗かもしれんが、すぐに男をくわえ込み、ほとんどの他人を馬鹿にしてツーンとしてりゃ孤立もするわ。しかも仕事にもやる気がないみたいだしねぇ。女性に嫌われる女性を描いているわけですな。男性側からすれば見てくれは綺麗かもしれないけれどこんな厄介な相手を務めるのは数回で十分かと。所謂遊びは良いけど本気は駄目な典型でもありますな。
さて、ちょっと気になったことに本書の視点があります。地の文は最後まで一人称視点です。これには一つの効果があると思うのです。それは読み手の視点人物への無意識的肯定、すなわち心理学用語で言うところの自己投射という奴ですな。他の言い方をするならば感情移入でも可です。本書においてはその効果が働いてはいるものの、トリックとなっていると言ってもいい状態です。というのもこれを逆手にとって読者を陥穽に嵌めているからなんですな。幻想が打ち破られるために存在しているようなツンボ桟敷に主人公は位置しているし、結局全てを悟るのは最後になってからだしね。テクニックとしては上手いのか、ということについてはかなりダメポ。折り返し地点以降どんどんどんどん違和感が増していくんだもの。
しかしまぁ最後の選択が唐突にメルヘンになってしまうのはいただけないなぁ。ここが女性特有の可愛げなのかもしれないがなんかすっきりしないんだよね。女心は猫の目と同じとか言われたらそれまでだが。やはり判断情報が多くなった後の決断が有り様の変質の触媒たりえてしまうことが決定打不足を痛感させるのでしょうね。女であることが全肯定されていたのに途中からまるで悪徳の如く扱われるようになって、それでも可愛い女であろうとする。何とも矛盾しているというか、屈折しているというか・・・。題材が恋愛をネタにしていなければまず使えないわな。
ということで、とても軽い一冊です。結構深刻な事になっているはずなのに、想像力が足りない主人公を据えたことで深い考察だとかがない為に軽くなっています。なんか一部の人にとっては泣きが入るような本らしいんですけど・・・一体どこが泣けるのかようわからんです。こんなのが「ナイーブな魂の物語」とかいわれてるのに違和感を持ちますね。これは私が男だからでしょうか?
まぁ、重苦しい鬱話に辟易している人が息抜きに読むのならば佳いのかもしれない。
60点
ただ、やっぱり男性諸氏は読んでも面白くないと思うがなぁ・・・。

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