西尾維新 ヒトクイマジカル

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あらすじ

いーちゃんこと戯言遣いは変人に好かれる。それはハエ取り紙が蟲を誘引するような物だ。今月に入って三人も吸引されてくるのはかなり嫌な感じだが仕方がない。
一人目。現在通っている大学で選択講義を行っている木賀峰約助教授。国立高都大学の助教授で戯言遣いの通っている私立鹿明館大学にわざわざ来て講義している人だ。初めて会ったというのに見たままに分かったのは非常に運命論者で口癖は「〜だとこの私はあらかじめ予測していました」というまごう事なき奇人としか言いようのない人物であること。正直付き合いたくないが、逢うことになったきっかけは向こうのナンパ。彼女曰く「あなたみたいな変わった運命の持ち主が私と関係を持たないことはおかしい」のだそうで、戯言遣いは電波さんの相手をしている気になっていた。で、正式な向こうの用件は研究にモニターとして参加して欲しいという事だったのだが、一週間で35万円もの収入をちらつかされて心は動かないわけもなかったのだが返事は一週間待って貰うことになった。もしも引き受けるのならば数人他のモニターも誘うように彼女は言った。戯言遣いがなんについての研究なのか?と問うと彼女はただ「死なないための研究」とだけ言っていた。渡された資料は具体的な内容についてはほとんど記されておらず、用はなさなかった。
戯言遣いは悩んでいた。彼の貯金は一般人になろうと努力する紫木一姫の為にほとんど使ってしまっている。故に貧乏だ。おまけにほのかに思いを寄せている浅井みいこが欲しい掛け軸のために金に困ってるとかも聞いていたので、どうにも金が欲しかった。三十五万円、それは心が揺らぐに十分な額だった。
二人目。家に帰るとそれが居る。「おかえりなさいませ旦那様」「お帰りを心よりお待ちいたしておりました。旦那様におかれましては本日もお疲れのことと察しておりますので精一杯癒させていただきます。ご飯にしますかお風呂にしますか?それともわ・た・し?」いやまぁ、居るってのは予想がついていたが、この切り返しには「・・・」の羅列、絶句しかない。彼女は前回の事件の後どうにかこうにか戯言遣いの住所を手に入れてわざわざやってきた。しかし、愛知から京都まで歩いてきたと豪語する姿には違和感が無くもない。今目の前にいるのはメイド姿の春日井春日。そう、意味もなく同棲しているわけだ。本人曰く、就職先と住居を失わせた責任とやらでここに居座っている。別にこちらから手を出そうとはしていないのだが、こちらの反応が楽しいらしく日々エスカレートしていく気がする。ちなみに今日で居候生活一週間目だ。
そしてなし崩し的に三人目。その春日井春日さんが拾ってきたという少女。見た目は黒いてでかい外套を被ったゴスっ娘、で、中身はなんのためか分からないが日常生活ではまずお目にかからない両腕を拘束する拘束服だ。春日井さんが勝手に漁った財布の中の名刺によると名前は匂宮理澄(におうのみやりずむ)というらしい。職業は・・・名探偵と書かれている。いやはやこんな絶滅して久しい人種が生き残っていたとは。
そういえば春日井さんが臨時収入とか言って特上の寿司を買っていたが・・・どうやら彼女の金をぱくったようだ。気がついて寿司を犬食いする彼女と少し話して出ていくと言ったときに仕方ないので戯言遣いは中にあったという三万円ほどを貸した。貸したというか罪悪感から逃れるために渡した様なもんだ。今月の生活費全部に相当する額だったが、背に腹は代えられない。
結果戯言遣いは金銭的困窮へ陥ってしまったので、木賀峰助教授の研究へ協力することにした。色々とやばそうだったのでボディーガードを兼ねて紫木一姫も参加する事になったのだが、飛び込みで春日井さんもついてくることになった。まぁ、資料を部屋に適当に置いておいたのだから読まれても仕方がないのだが。ということで、またみいこさんにフィアットを貸して貰い現場へ向かった。場所は現在位置から約一時間の山深い場所元病院の建物。一月前の事件の起こった場所とは対極的な古びた木造建築物だった。
惨劇の幕は除幕をされる。すべては戯言遣いのために。

感想

西尾維新はこれで八冊目。まぁ上下巻に別れてる物もあるのでこう数えるのはおかしくもあるわけですが、便宜的にこんな形で。戯言シリーズではこれで五作目ですね。多分この本は一番シリーズの突端の本である『クビキリサイクル』に近い本でしょう。とはいえ、今まで伏せられていた裏設定的な世界のパワーバランス図が見えてきて、それがこのシリーズときちんと整合することによって完全に外伝的要素だった『零崎双識の人間試験』の残虐性と意外性がミックスされてはいますがね。
忌憚のない意見としてはこの本はある意味集大成ですな。怜悧冷徹で劇的なプロットにキャラクター性豊かな各々のキャラクター、そして地の文の完成度は今までの中で一番高いんじゃないかと思います。喜怒哀楽きちんと詰め込まれてるわけです。漫画ネタ*1やら、一発ネタ*2は多いですが、それでもラノベであることを差し引いてもかなりの出来。正直これ読んだ後に待ちかまえてる本を先ほどから手に取り読み始めたりするんですが、どうにも落ち着きません。それぐらいあとを引く小説です。これを余韻と読んで佳いのか、それとも先に待ちかまえるエンディングを惜しむ気持ちなのか、あるいは次回に続くワクワクする展開を期待する気持ちなのか判断がつきかねるぐらいです。今のところ読み終えてから一眠り*3しているにもかかわらずそれは変わりません。というか、時間が経つにつれて強くなっている気がします。これはもう書店に駆け込んで上中下全部買って来なきゃいけないんですかね。次作で終了というならば、惜しまれながらの有終の美が上手いこと飾れることでしょう。
しかし、この本を楽しむためにはいくつかの条件をクリアする必要は確実にあります。それは一種の壁であることは間違いないでしょう。まずライトノベルであること、そして明らかなセカイ系である点を許容できることが第一条件。その次にレトリックと韻文満載(今回は前作に比べれば比較的少なかったような)の地の文を楽しめるという好みの問題が第二条件。第三の条件は表紙のイラストに負けずに購入できるかってあたりですかね。ま、これは単なる踏み絵以上のものではないんですけど。ラストにきちんと順番通りにシリーズを外伝込みで読んでいる必要もあります。じゃないと面白さは半減するでしょうねぇ。
さて、前回も言いましたがこの本は絶対にミステリーとして読んじゃあダメだと思いますよ。セカイ系ライトノベルであるって思わないとまずダメでしょう。前回のほとんど投げっぱなしジャーマン具合に比べれば事件とその解決編は相当にましですが、ノックスの十戒を明らかに破ってますしね。でもエンターテイメントの伝奇物として読むのはありでしょうな。ファンタジー方向へ強い遷移がみられますし。
読み終わって思うのは物語の終末に向けての主人公の行き先ですかね。はなっから成長というものを見放された停滞が主人公の属性であり、戯言遣いすなわち道化役が役回りなわけですよ。それがどう展開するか、はたまた道化役が鬼札の≪ワイルドカード≫に化けるのかそれが見所ですね。にしても最終決戦存在が出てきたり、完成していたのかとの言葉が引用されたりネタの持ってきかたはほんと上手いよな。
90点。
蛇足:本文中に四文字熟語羅列が有ったんですが、その中に誤植なのか、それとも素で間違えたのか知らないけど「死血山河」なる言葉が・・・。それって「死山血河」のことなんじゃ・・・。
追記:この人ほんとに守備範囲の知識が広いなぁ。一体どんだけの本を読み、どれだけの語彙を獲得してるんだろ。それに理系文系両方の知識を読者に提示するとか侮れない。イクイティ理論*4なんて聞いたこともなかったし。
追記の追記:巫女子って"ふじょし"とも読めるんだねぇ・・・。
追記の追記の追記:ネタがよく分からない人はここら辺とか参照

参考リンク

ヒトクイマジカル―殺戮奇術の匂宮兄妹
西尾 維新
講談社 (2003/07)
売り上げランキング: 9,469

*1:主にJOJOがベースかな。90年代に連載された少年週刊雑誌を沢山読んでないと分からないネタが多いかも

*2:「乾いた血の夜」って『かまいたちの夜』をオールプレイしてないと分からないネタだろうしなぁ

*3:色々な想像が頭を駆けめぐりすぎて寝付くのに3時間ぐらいかかりましたよ

*4:ステーシー・アダムス(1963)の公平理論のこと普通は公平理論と言われるようだ。英文では≪equity theory≫