米澤穂信 犬はどこだ

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あらすじ

紺屋長一郎は銀行員になって以来急にアトピー性皮膚炎を患う事になった。様々な方法で治療を試みたのだが、原因がはっきりせず快方にはほど遠かった。それでも二年間きちんと勤め上げたのだがかゆみには勝てず、祖母の勧めもあって一時的なリタイアをすることにした。職を辞し、実家に戻ると堅固に根を張っていたはずの病魔は嘘のように立ち消えていってしまった。おそらくストレスによる心因性の物だったのだろう。客商売である銀行員は接客の機会も頻繁で、まず相手に自分の顔を覚えて貰うことが大切だった。人との関わりがどこかプレッシャーとなってストレスとして沈殿していったのだろう。
半年が経ち、アトピー性皮膚炎がほとんど根治し、外見的にもそれと分からなくなったが、失われた物も多かった。だが、出直しする必要もある。なにより先立つものを切り崩して生活していたのだから当然といえば当然だ。紺屋はネットでの知り合いの勧めで自営業の個人事業主として起業する事にした。その時にまず浮かんだのがお好み焼き屋だったが、洗い物などで手が荒れて再びアトピーが復活されても面白くない。アトピーにかかって以来刺激物の接種は極力抑えていて大好きなコーヒーすら制限しているのだからNGだ。そこで学生時代にやったことのある迷子の犬を捜すというペット専門の調査会社にすることにした。これならば多少の経験もあるし問題なくこなせるだろう。
長一郎は無難なテナントを借りて、役所に勤める友人に犬がメインターゲットの調査会社の話をしておいた。名前は<紺屋S&R>。S&Rというのはサーチ&レスキューの略なのだが、窓が小さくてペイントはそんなものに落ち着いた。まるで染物屋の様だが、名字なのだから仕方がない。
かくて事務所を開けたその日にその友人からの紹介という形で事件が、いや、仕事が舞い込む。棚からぼた餅といったところだが、予想外に犬相手のものではなく、人間相手の仕事だった。すぐ近くに来ているという依頼主の言葉に内心で困りながら会わないわけにはいかなかった。
すぐに入り立てほやほやの事務所にやってきた人物は農作業焼けした老人だった。佐久良且二と名乗った老人は慣れない事をしているというのですこし緊張していた。依頼内容は失踪した孫を見つけて欲しいという人捜しだった。犬専門でいこうと考えていた紺屋は困ったのだが、初っぱなから放棄するのもしゃくだし、なにより友人からの紹介という断りづらい側面もあった。ここまで来たのだから引き受けることにして詳細な依頼内容を聞く。佐久良且二の孫である佐久良桐子は東京で情報関係の会社に勤めていたのだが、つい一ヶ月前にその孫へ宛てた手紙が且二の家に届くようになったのだという。おかしいと思ったが放置していた。その後、孫の両親の所から電話があって桐子と連絡が取れなくなったという。携帯電話にかけても繋がらない。両親は桐子の勤める会社に電話したが既に辞めた後だという。埒があかないと思った両親は東京まで出て行ったのだが、借りていたアパートの部屋は既にもぬけの殻で行方不明としか言えない状況だった。桐子はどこかへ消えてしまった。だが、手がかりとして且二の家に送った絵はがきがあった。文は書かれていなかったが筆跡は桐子の物で橙子自身の名前で送られてきている。消印で近所だと言うことは分かった。おそらくこの近辺に潜んでいるのだろう。紺屋は依頼を受諾し、金銭面での交渉に入った。
翌日事務所に向かった紺屋を高校時代の剣道部の後輩が待ちかまえていた。フリーターをしているのだが、どうしても雇って欲しいのだという。紺屋はそんなつもりは毛頭無かったが後輩の半田平吉、通称ハンペーは探偵という職業に幻想を持っていてどうしてもやりたいのだという。金銭面で紺屋一人食べていけるのかすら分からないのに、人を増やすということは自殺行為でもあるし無理だと判断して断る方向に話を持って行っていたその時、また客が現れた。今度の客も初老の人物だったが、がっしりとした体躯にこういう場に慣れている間隔は別物だった。またしても仕事は犬相手の物ではない。なんでも古くからある古文書を立て直すことにした公民館に飾りたいのだが、古文書の由来がわからないので詳しく調べて欲しいとのことだった。あいにく所員は一人、仕事も既に入っているので断ろうとしたのだが、そこにハンペーが食いついてくる。歩合で佳いからやらせてくれとのことだ。紺屋は歩合ならいいかと承諾して仕事を請け負うことにした。
それぞれの初仕事はうまくいくのだろうか?

感想

米澤穂信の話でおそらく今までで一番スリリングで面白い。引き絞る弓の如くゆっくりとだが着実に加速していく話のスピード感はギアチェンジがもどかしいぐらい。だが読み始めの序盤については少し問題があるかも知れない。行き当たりばったりな感じが出すぎていて主人公が本当にやっていけるのか不安が先に立つ。それでもきちんと成り立つあたりは予定調和を感じさせるが、読み進むにつれて気にならなくなるだろう。
今まで作者の記してきた本はそれぞれ底流としてのテーマは日常だった。今回も日常の延長線上という作者のテリトリーからははずれない。とはいえ、大概の人は外れていると感じるんじゃないかな。なによりも探偵というミステリーではありふれてはいるものの、確実に一般人からは遠い存在を持ち込んでいることから感じるんだろうけどね。未だ日常の延長線上と考えるのは、職業探偵という形になる前の前段階がしっかりかっきり描かれて、何者からも束縛されない一個の完成された形に填め込まれる状態までいっていないと考えるからなんだけどね。ただ、この話が終わる頃には一つの因縁を主人公は抱えることになるわけで、日常性から離れて一種の非日常性に手を染めるわけですよ。ここらへんが作者の佳いところでもあり悪いところでもあると感じるわけですが、今回に関しては七通り*1考えられた結末のうち、人によっては納得のいかない形に思えるかも知れませんが、きちんと何故そうなる必要性があったのか?という根拠に日常性・非日常性を絡めることに成功してます。おまけに緊張感のあるラストを演出することが出来たので上々でしょう。ってことでよくよく考えた上で成り立っている構成なのでこれに異を唱えるのは感情論ぐらいなものなのでしょうねぇ。

以下雑文なので読み終わった後に読む方がよい。文章に意味はあまりなし。

にしても、ちょっと古めかしい感じがしないでもない。なにかというとPC一般に関する記述ですな。HPが炎上っていうのは最近ではちょっと古くないかい?ヲチ系のHPとかが流行ったのは1999年とかそれぐらいの頃の話だしねぇ。それにバトるって言い方もその頃ならまだしも最近はblogの場合は炎上、HPだったりする場合は総合的に祭りって表現方法を使うしね。確かにHPが炎上することもまだ結構あるけれども名も無き個人系HPが炎上する場合は大概HPの規約違反ぐらいなもんだ。2CHのネットヲチ板にいけば分かるが、些細な悪意から粘着されているケースもないわけではない。ただ、住民は相当に厭いているがコミュニティに対して敵対的であるか否かが結構大きな比重を占める。友好もしくは中立の場合はわざわざ手を出したりするのも面倒くさいと思っているケースがほとんどだし、ましてや攻撃の対象が粘着しているネットワーカーの被害者に向く方がむしろ希。それに被害者が女性であるなんてことが端々から分かった日には逆に応援されてしまう。Web日記(含むblog)であまりにも痛い発言や法的に問題のあることを武勇伝の様に誇る場合も晒しを受けて祭られることもあるが、本件ではほぼそういった感じではない。また情報系技術者ならば普通閉じたコミュニティなのだから特定リモートホストや串を弾くとかの手段は講じるだろうしねぇ。じゃないと粘着される側が一方的に面倒なことになる。そもbbsをただ閉じるという手も有るにはあったはず。そこの甘さは物語のエッセンスだから仕方ないけどね。
他にもJAVAベースのチャットとのことだけど、古くからあるインスタントメッセンジャータイプの物を使う方が実際的ではある。OSの違いっていうプラットフォームデバイドも昨今ではそんなに問題ではないだろうしね。相手と連絡を取りたいときに取れないかも知れないという不安はWebベースではごく自然でもある。確かに確実な伝言方法であるメールという手段はある物の、随時メーラーを立ち上げている人は極僅かだろう。従ってすぐに届くかも知れないが、受け取った側がすぐに読むとは限らない。JAVAというプラットフォームボーダレスな環境を下地にチャットをするというのは比較的まともな判断ではあるが、何らかのメッセンジャーソフトを実際に使っているという事を作品の中で示した方が具体的だったように思う。まぁ、具体名を出しちゃうと色々やばいのかも知れないけどね。例えばスカイプですが、あれMacでもLinuxでも使えますし、音声通話もできるのでわざわざ情報量の少ない文字ベースで会話する必然性ってのは匿名と相手に与える情報を制限したいと思わない限りより楽な手段ですよね。コンセンサスをとるの口で説明した方がは楽なはずですし。ま、世の中には口べたな人もいるので一様に語るのは問題ですが。
あとWebのログについてですが、InternetArchiveを使うという方法をとらずにログをわざわざ保存するって・・・ちょっと年代がかなり上の人の発想ですよ。どっちかっていうとパソ通の時代の流儀ですな。わざわざ他人様のサイトのログを取っておくってのは相当酔狂な人じゃない限りやらないでしょうなぁ。なによりもいつ削除されるのかが分からないし、ログをきちんと保存しておいてくれる奇特なサービスを行うサーバーが有ることだし、そこまでの手間を取る人はほとんど居ないでしょう。フラッシュのデータをDLしておくとか、ちょっとした動画を保存しておくとか言うのと同列に語るのはかなり無理があると思うのですよ。*2
ま、以上の点はガジェットの取り扱いに関することなので本筋から外れるわけですが、もうすこしスマートに取り扱ってくれれば良かったように思います。

雑文終わり。

ま、あれですな米澤穂信が一皮むけましたって本です。今までの日常の謎を解く系の話が合わず、もっと殺伐とした話が読みたかった人にはお勧め。嫌みにならない程度にテンポが良く歯切れの良いボケ突っ込みと泣き言が良い感じのアクセントになってます。また、ストーリーの中にドンデンが二つも仕込まれていますし、疾走感たっぷりです。変に哲学とかしてないので肩もこらなくて読みやすいですね。これぞエンタメです。個人的には初めて作者の本で感情移入出来ましたわ。さて次作もこんな調子なら佳いんですがね。
85点。

蛇足:この本をハードボイルドと評してる人が結構いるみたいですが、ちょっと違うように感じましたねぇ。まぁ、形骸化したハードボイルドに当てはまらなくはないとは思いますけど。「探偵物語」みたいな感じのね。でもハードボイルドというジャンルの中では異端なのじゃないかなぁ。

参考リンク

犬はどこだ
犬はどこだ
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*1:全滅を省くのが現実的なので実際には六通りだろうが

*2:とはいえ紙というソフトやらfirefoxの拡張の一つであるScrapBookとかはそのサイトのページを保存するという機能を持っていて結構支持されてたりもするので、きちんと何かの参考になるサイトであれば有る程度の保存はされていてもおかしくは無いとも思う