法月綸太郎 法月綸太郎の功績

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あらすじ

  • イコールYの悲劇

東郷ゆかりは元の職場の友人の結婚式に出ることになったので名古屋から東京へ上京してきた。なお、本人は寿退社ではなく、母親の病気の看病のために退社したのだ。ゆかりは良い機会なので親しい友人であった足立翠と旧交を温めるために翌日会おうと思い立つ。現在翠はツアーコンダクターをしている夫と二人暮らしなので電話に出るだろうと当たりをつけたのだがあにはからんや、電話に出たのは彼女の妹の茜だった。なんでも翠は午後から用事があるとかで出ているのだそうだ。特に急ぎというわけでもなかったが、ゆかりは茜に翠への伝言を頼んだ。「風見鶏」という喫茶店に明日午後一時に待ち合わせと言う形で。もし都合が付かなかったら携帯電話に電話を、と後付でいったのだが、携帯を新規の物に変えて以来番号を伝えていなかったことを思い出したのは電話を切った後だった。
その日、翠が自宅に帰宅するとそこに待ち受けていたのは刺殺された茜と左に「=」右に「Y」と記されたダイイングメッセージだった。

  • 中国蝸牛の謎

ミステリー作家の鹿沼隆宏はデビュー25周年著作百冊目という節目に新たな小説の草案を編んでいた。カタツムリをモチーフにした斬新な物だったが、担当の人間にも全くと云って佳いほどその内容は漏らしていなかった。
法月綸太郎が渦中の鹿沼と対談をすることになったのはそんな時だった。丁度鹿沼隆宏特集を組むという雑誌に鹿沼自身から是非ともと言う形で実現したのだった。元々鹿沼はミステリー畑の人間だったのだが、恋愛物や時代物などを書くにつれて広く一般に膾炙されるさっかとなったという経緯がある。かつてはミステリーの評価も低かったのだが、最近では再評価されるようになっていると言うことで次回作はミステリーを書くということだった。また、かつての鹿沼のデビュー作の文庫化の時に解説を書いたことで綸太郎を気に入っていたということでもあるらしい。
対談が恙なく終わり、その後の二次会的な会食で次回作の構想の触りと巻き貝についての講釈であっという間に時間が過ぎた。
その後綸太郎は珍しく筆が乗って創作にいそしんでいる時に鹿沼付きの編集者南条祐介から電話がかかってきた。いつもなら電話は居留守を決め込むのだが、あまりにも頻繁にかかってくるのでしょうがなく取ることに。話の内容は鹿沼が家に籠城しているということで、綸太郎を呼んでくれと繰り返すのだそうだ。綸太郎は仕方なくワープロの電源を消し、現場の鹿沼の自宅に向かうのだった。

  • 都市伝説パズル

都市伝説というと「下男」*1と「電気をつけなくて良かったな」というのが定番だ。他にも「消えるヒッチハイカー」*2というのもあるが、ここでは関係がないので割愛。今回は「電気をつけなくて良かったな」というのがまさにそのまま事件になったというのだ。
大学生の七人組がその中の一人である松永俊樹の部屋で呑んでいたが、かつて松永と三角関係で揉めた三好信彦が松永と口論になり散会になった。他の五人は野崎哲、長島ゆりか、遠藤章明、広谷亜紀、関口玲子だったが、散会後広谷亜紀は自身の携帯を置き忘れてきたことに気がついた。仕方がなかったので亜紀は松永のマンションに戻ってきた。夜道を一人歩きするのも危ないので関口玲子から自転車を借りてひとっ走りだった。部屋に着くとドアに鍵はかかっておらず、電気は消え真っ暗だった。電気をつけて起すのも悪いし、夜ばいだと思われて誘っているのではないか?と思われるのも嫌だったので亜紀は靴を履いたまま膝で四つんばいになりながら携帯を探り出した。亜紀は携帯を取り戻すとまた玲子から借りた自転車を返すために戻っていった。
翌日松永は他のマンションの住人に発見されることになる。現場の部屋の壁にはタバコのフィルターに血を付けて書かれたと思われる「電気をつけなくて命拾いしたな」と筆跡を隠すためか嫌に汚い文字で書かれていたという。
果たして犯人はなんのために見立て、都市伝説を引き合いに出したのだろうか?

磯部朋代という女性が殺害されてから二週間ほど立った頃妙な男が所轄に居た久能警部の元にやってくる。なんでも本人が言うところによると「磯部朋代という女性を殺したのは自分である」というのだ。実はもう事件の犯人の目当てが付いていて裏付けを取るだけの状態だけに予想外だった。加害者と目されているのは磯部朋代に痴漢行為を咎められ、職も家族も失った哀れな男だった。その逆恨みに朋代を殺したとほぼ動機面で裏付けが取れていただけに自首マニアか?という事も考えた久能警部だったが、取調室で取り調べてみると週刊誌や何かで仕入れたとおぼしき情報だけの所謂狂言だった。久能警部の見たところ虫一匹殺せないような神経質極まる人物のようだった。名前は鳥飼俊輔といい新宿区役所に勤める公務員なのだという。一通り聞いた後に久能警部は鳥飼を解放した。だが、これは始まりだった。
再び鳥飼俊輔が現れたのは久能警部が本庁にいたときだった。彼は十日ほど前に起こったマンションからの男性の投身自殺と見られる事件の犯人だと懲りずにまたやってきたのだった。やはり今回も付け焼き刃の情報と嘘で塗り固められた言葉から犯人とは認定されなかったのだが、二度あることは三度ある。二週間後鳥飼はまた久能警部の前に現れた・・・。

  • 縊心伝心

いつもの如く法月警部はせがれを使って事件の解決を謀ろうとしていた。
事件は一人暮らしのOLの部屋で起こった。OLの名前は落合聡美という。彼女は課内の上司である諏訪祥一課長と不倫の関係にあった。しかし、先月二人の関係を糾弾する手紙がご丁寧なことに諏訪の自宅と会社に送りつけられたのだ。結局諏訪は上司から目をかけて貰っていた優秀な社員であるということで注意という軽い処分に対し、聡美は一ヶ月の休職を命じられた。結局関係は破綻したはずだった。が、聡美は犯人捜しをしていた。もはや自分を捨てた諏訪に未練はなかったが、一体プライバシーの侵害をしたのは誰なのかを調べようと思ったのだろう。類推なのはそれを果たしたとしても当人が物言わぬ死体になってしまったのだから仕方がない。第一の容疑者である諏訪についてだが、聡美が殺害された当日、諏訪は同僚三人と海外への出張が入っており、日本にとんぼ返りをしてからすぐに聡美から電話がかかってきたという証言を得た。その電話の内容は「これから死のうと思う」という物だった。諏訪がなだめにかかると聡美は爆弾発言をする、「子供が出来た」と。結局諏訪は重いスーツケースを抱えながら聡美のマンションの部屋に駆けつけたのだが、そこにはすでに首をくくって物言わぬ姿に変わった聡美が居た。諏訪は当然の如く警察を呼ぶことになる。ただ、鑑識の調べによると縊死ではなく、頭部に受けた打撃創が有り、首を吊っている紐が結わえられたロフト部ではなく、2Mも離れたワードローブ(洋服ダンス)の角がその傷の形状と血痕から原因と考えられたが、一体犯人は誰なのだろうか?

感想

法月綸太郎4冊目ですな。今度も短編集です。ただ、狙ったというわけじゃなくて、単に『生首に聞いてみろ』の後に発注かけたのが全部短編だったってだけなんですけどね。デビュー作の『雪密室』やら『頼子のために』やら『密室教室』やらもそろそろシリーズとしては読み始めた方が良さそうな予感。長編の方が法月綸太郎のベースみたいですし。なお筆者の最新作は『あなたが名探偵』というアンソロジーみたいですから未だに寡作のご様子。まぁ、レベル落とさなきゃいいとは思いますがね。
あ、書き忘れましたが、本書の題名はエイドリアン・コナン・ドイル(ドイルの息子)とジョン・ディクスン・カーの合作翻案*3小説である『シャーロック・ホームズの功績』から来ています。

  • イコールYの悲劇

題名の通りクインの『Yの悲劇』をベースにしてます。元々『Yの悲劇』をベースにしたアンソロジーの一編だったらしいので出来は悪くないです。ただ、悪い癖の引用多様がでてます。今回は都筑道夫の『黄色い部屋はいかに改装されたか?』という本の引用がそれぞれの章でされていますが、これ評論本なんですな。クインの『Yの悲劇』はどこがいけなかったのか?という事を引用しているので『Yの悲劇』を未読な場合には注意です。まぁ、元々アンソロジーで組まれていた作品なんで既読であることが前提条件と考えられるので致し方ないですな。
作者の理路整然としすぎているいつもの調子が空回りせずに、佳い按配なので良作

  • 中国蝸牛の謎

クインの国名シリーズの一つ『チャイナ橙の謎』が下敷きとなっており、やっぱり作中に引用が見られます。ただ、原作読んでないんでどこら辺をどのようにエッセンスとして用いているのかは何とも言えません。
それでも言えるのは、トリックは中々に面白いって事ですな。問題はトリック以外の点。カタツムリという物にちょっと拘りすぎて内容披瀝をしてるんですがこれがかなりごちゃごちゃしてますね。もっとスマートに説明できる箇所をわざとと思えるような文章にしているので、読者が理解することを前提にしているとはちと考えづらい感じになっており、そこにはげんなり。なお、作者は「密室のための密室を作り出すトリック」を使うことに後悔の念があるようですが、必然性が有るのだから別に構わないんじゃないかなぁとは思います。ただ、編集者を同性愛者として見立てる必要性は本当にあったのかはかなり疑問ですが。
タツムリ云々というのは強引のような。

  • 都市伝説パズル

この話は第55回日本推理作家協会賞の短編部門で受賞してます。
珍しくネタをミステリー以外の何かから取ってきてますね。既知のネタでしたが、確かにシンプルにまとまっていて読みやすかったですわ。なお都市伝説についてはここが詳しい(現代奇談)。
しかし、ラストの引用部分は要らないような気もしますね。これじゃあミステリーというよりホラーの終わり方ですしねぇ。まぁ作者には珍しい茶目っ気と見る向きもあるとも思います。
補足としてこの短編がアメリカの「ELLERY QUEEN'S MYSTERY MAGAZINE」の2004年1月号に掲載されたと言うことを付記しておきます。どうやら作者はよっぽどうれしかったみたいですね。苦悩する作家が私淑するクインを冠する雑誌に認められたというのも夢のある話ですしね。ただ、私クインの後期問題ってよくしらなかったりしてw。まぁ、一冊もまだ読んでないんだからしょうがないですな。

我孫子武丸との対談で本編の「警察が犯人を罠に嵌めた理由」というのが出たらしいが、何をうろたえてるのか知らないけど、現行犯の方が手間がかからなくていいんじゃないの?と思う私はパズラー失格ですか、そうですか。
例によってクリスティの『ABC殺人事件』を背景にしたアンソロジーに収録するために書かれた話です。勿論例によって読んでませんが、久能警部が主人公の珍しい話ですな。綸太郎が説明にまわると読み辛いので、こちらベースにしても佳いんじゃないかなぁとか思ったり。

  • 縊心伝心

ちょっと犯人に無理があるんじゃないかなぁ。本書で唯一動機面でしっくり来ない話でした。ちょっとトリックに凝りすぎというか、説明部分がだぶついてるのでもっとスマートにして貰いたかったな。まぁ、探偵は勿体ぶるのがお仕事の一つなので仕方ないのかも。

随分前回より読みやすくなっている印象。ただ、図書館シリーズは影も形もありませぬ。それを期待している人にはスルー推奨ですが、大外れではなので読んでみてもいいかと。でも、古典をあらかじめ読んでいるの方がいいですな。どうにもそれが前提になるケースが多いので、ネタバレをしたくない人はスルーした方がよさげ。
一つ言えるのはパズルの系統だと借金苦で首が回らなくなって・・・云々の昏い話を延々読まされる心配はないんですな。くさくさする話だけで終始している物については読んでて憂鬱になるん敬遠気味です。まぁ、作者は引き出しの数が少ないからすぐに離婚離婚とやってしまうのは問題だなぁと考えているらしいのですが、そこまで思い悩まなくても佳いんじゃないかなぁ。殺人には家庭の不和はありがちな原因ですしね。その一要素と捉えれば他も見えてくるはずでしょうしね。
なお、初めて本格が気分転換にも向いているとも思いました。個人的好みではもう少し、レギュラーキャラクターに人間味を持たせるような演出をして欲しいなぁとも思いますがね。
75点。

参考リンク

法月綸太郎の功績
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法月綸太郎の功績
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法月 綸太郎
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*1:ベッドの下に斧を持った殺人犯が居て、二人の登場人物の片方が外に出るよう促し危うく難を逃れるという有名な話

*2:日本ではタクシーが拾った女性が気がついたら居なくなっていて座っていたはずの座席が濡れているというパターンがありますが、似たような物です

*3:パロディとも言う