倉知淳 星降り山荘の殺人

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あらすじ

課長補佐が自分の責任逃れを説教に変換してねちねちと嫌がらせを後輩にしているのに耐えきれなくなった杉下和夫は、偶発的に手を出してしまい、左遷されることと相成った。首を切られる可能性もあっただけに温情なのか、それとも単に左遷されただけなのかは判然としなかった。また、当然辞表を書いて足抜けするルートもあったのだろうが、ワンマン社長のサクセスに憧れて入った会社であるし、ほとぼりを冷ます事にしたのだった。
左遷先は社内の新興の部署であるカルチャークリエイティブ部、平たく言うと芸能部のマネージャー見習い。0よりも厳しい1からの出直しである。なんでもたまたま社長が知り合いの大学教授の折衝役を買って出たことが発端で、引き抜きで芸能プロダクションでマネージャーをしていた河坂部長を引き抜いて現在の部が出来たのだそうだ。
今日はその河坂部長に連れ添われて担当をする"芸能人"に顔見せをしに来たというわけだ。テレビ局への出入りなど初めてで、途中女の人にぶつかるなどしたが、恙なく用件は果たせた。
相手の名は星園詩郎、職業はスターウォッチャーだそうだ、馬鹿馬鹿しい。確かに見た目は綺麗だが、なよなよとして気障ったらしい男性支持者の少ない人物だし、これと言って元々反感は無いのだが、いかにも二面性のありそうな人物に付くことに、これからの労苦を杉下はいやでも想起せざるを得なかった。
その翌日、杉下は星園と連れだって秩父の山奥に鉄道で向かうことになった。車ではないのは星園の希望らしい。仕事ではある物の、詳しい話は昨日のうちに部長から聞いて居らず、杉下は慣れない付き人仕事をこなしながら、予定を聞いた。なんでもへんぴな山小屋のイメージアップ作戦なのだそうだ。有名人を呼んで箔を付ける、昔ながらの方法だ。やがて列車は秩父鉄道御花畑駅へ着いた。ここで先方と待ち合わせの予定だ。ここで先方の不動産開発会社社長である岩岸豪造、そしてその部下の財野政高、一人で来ていたUFO研究家の嵯峨島一輝と合流し、一足先に山小屋的山荘へ向かった。
車で40分ほど走った後に着いた先は安っぽい木地むき出しのロッジと言うより山小屋が林立している場所だった。建物が建っている場所は片側は崖になっており、ポッカリと山の中に空間が出来ている。道路から一番近い場所に一軒だけ異なる種類の建物があり、それが管理棟という事だった。車から降りるなり岩岸からは小間使い扱いされて、左遷を実感させられた杉下だったが、まだ全員到着していないらしく、再び岩岸と財野は車で残りの人員を迎えに行った。その間残された三人は管理棟のリビングで杉下の入れたコーヒーを飲みながら時間を潰したのだった。
やがて岩岸らが戻る前にホテルからの出張調理師が来るなどの紆余があったものの、メンツはすべて揃った。
遅れてきたのは作家の草吹あかね、その秘書の早沢麻子、岩岸の知り合いのクラブでバイトをしているという女子大生の小平ユミと大日向美樹子である。
いよいよ、殺人の幕が上がる。

感想

倉知淳初読み。国内では希有といえる本格物を書く作家のようです。同業者からもそれなりに定評がある模様。いかんせん本格は停滞、若しくは下降の方向なので知名度はあまり高くないようですね。本格好きには知られているようですが・・・。まぁ、本格に絞って読んでるわけじゃないんで、知らない作家さんが沢山出てくるのはしょうがないですな。年間確実に数十人単位で作家という人種は量産されてますしね。
さて、エンターテイメントとしてはやや並、本格としては上位に来ている感じの本作。文庫本に収録されている西澤保彦の解説に「かつて倉知淳が『大密室』の中のエッセイでで書いた文章に本格は面白くない。面白くないはずの本格が面白かったら奇跡だ」的な*1事が書かれている。確かになんとなく退屈な印象を受ける本が多いのも確かかもしれない。そも、本格を全然読まない奴が何言ってもしょうがないんだけど、「トリックは面白いんだけど・・・」というあたりで止まってしまう知の快楽だけでは満足できない感じが本格に結構あると思う。でも突き抜けた感覚を持つトリックも制約の中であるからこそ生まれる事もある。この本はそれに該当するだろう。
本格の古豪、文豪の著書はほとんどを知らないのであれなのだけれど、章にそれぞれ作者の言葉を差し挟むというちょっと変わった道しるべを置いて、読書の楽しみを深めている。実際には以下の感じである。

まず本編の主人公が登場する
主人公は語り手でありいわばワトソン役
つまりすべての情報を読者と共有する立場であり
事件の犯人では有り得ない

また、わざわざ図を添付したりして実に親切だったりもする。どうやら読者と作者がフェアであると言うことに拘っているようだ。こういう面では初心者でも読める本である。人によっては鼻につきそうだが、私は大丈夫だった。
どうしても自分のみで推理したいとかの場合、この本は丁度佳い按配になっていると言える。文庫にすると500ページ弱と長いように思えるが、削る場所はほとんど無いと思う。事務的に近いタッチの描写であるが、けっして無機質になりすぎず、適度に主人公の杉下の感覚に近く描かれるので、読むのに苦痛ではない。ただ、ギチギチに本格の定理に押し込められているので、なれてない人は怠く感じるかも。流石にエンターテイメントを主に書いている話ではないので、誰が読んでも楽しんで読めるという本ではないのが惜しいところか。それでも佳境に入り、種明かしされている頃には作者のうまさを実感し、諸手を挙げるよりほかないだろう。
しかしまぁ、作者は神視点だから佳いものの、これ素直に読んで解ける人がいるのかなぁ・・・。解くための情報が少なすぎるように思うのは間違いじゃないと思うんだが。
読んでの要望みたいなものでは、若年層の読者を得るためにアクの強いキャラの導入をやって欲しいとかかな。大胆さや開けっぴろげな様、そしてあり得ないことを追加した方が面白く思ってしまうんだな、これが。ま、単純なだけだとおもうけど。結果リアリティが薄れちゃいすぎると本格から外れちゃったりするし、難しいところだなぁ。まぁ、今作も十分キャラクターにアクはあると思うけどちょっと足りない気がするんだわ。純粋な本格好きには「変格読めや」って言われそうだなぁ。更に古式ゆかしい文化財的な本格作家に「ラノベ書けとは何事だ!」って怒られそうだ。『猫丸先輩シリーズ』はラノベなんだろうか?どうなんだろうか?確かめる必要がありそうな感じ。
本格読む人なら80点
それ以外なら70点
って所か。

蛇足:読み終わった後に「あれ?犯人の動機は?」ってなった。「もしかして瑕疵?」とか勝手に思っていたが、きちんと書かれているのでもし同様の人がいたら読み返すことを勧める。ま、私だけでしょうがw。

参考リンク

星降り山荘の殺人
星降り山荘の殺人
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倉知 淳
講談社 (1999/08)
売り上げランキング: 44,058

*1:この部分は意訳。実際はこんな奇跡の本と合わせてくれてありがとう、というようなニュアンスが含まれる