荻原浩 明日の記憶

あらすじ

広告代理店の部長職に就いている五十路間際の男、佐伯雅行は日常の生活の中で段々物忘れが酷くなる事に気付く。本屋なんかで調べてみたところどうやらうつ病のようだ。病院に行くのを渋っていたが、行ってみて検査してみると意外な事を担当医に言われる。
「若年性アルツハイマー
という言葉は目の前が真っ暗になるのに十分だった。ただ、年若い担当医は薬で抑える事は難しくないし、ワクチンも短くて5年ぐらいでできるだろうと楽観的な情報も佐伯にもたらされた。
色々な足掻きをしながら社会生活を続けていくが、着実に破綻の足音はプツンッ!プツンッ!と脳裏に響いてくる。
佐伯はどうなってしまうのか?

感想

2005年本屋大賞第二位。二位獲るのもなるほどとうなずかせる内容ですな。
アルツハイマーを扱った本書ですが、この構成に近い本を連想しました。「アルジャーノンに花束を」です。ただ、アルジャーノンに関してはあれはSFというかFTというかかなり現実的でないのは確かですな。それに対して本書は激しく現実的と言えるでしょう。
誰しも短期記憶障害と思うような症状を一度でも体験した事はあるだろうし、年行っている人ならばそれも仕方が無いでしょう。名前が出てこないとか、数字が出てこないとか別に痴呆状態じゃないにしても日常的によくあることだろうし。ただ、それが細胞レベルで進行して、度々起こるようになると記憶障害と呼ぶようになります。その一つがアルツハイマーで、アルツハイマーは今のところ不治の病だというのがこの本のテーマを深くしていると思うわけですよ。
昔で言うならば結核を扱った恋愛物とかが似ているのかな。本書は家族愛を描きつつ、一人の初老に指しかかろうとしている中年の男の恐怖を綴っています。私はそう受け取りました。分類で言うとホラーになるかと。ただ、それは終盤までの話であって、それまではひたすらに後味が悪いです。それ以後は自分の目で確かめた方が善いかと。人によりそうな終わり方でしたし。
個人的感覚では終盤は老夫婦の最後って感じでしたが、ある意味現実的理想なのかな。非現実的な理想を求めない形になっているのは自然なフェードアウトの仕方で悪くないと思いました。ただ、アルツハイマーになるのは勘弁ですがw
内容でよくないなと思った部分は時事ネタ入れた所ですかね。この部分は緩々と確実に劣化していきます。なので読むのであれば早めにした方がいいかと。古臭くなる前にね。
文体は三人称で主人公視点固定。あまり突飛な事せずに淡々と語っている。笑わせようと思ってやっている部分があるようだけれどもあんまり成功してないかと。癖は殆どないので万人向け。会話のキャッチボール多し。若い人よりも歳入った人の方が身につまされるかな。80点

今日の引用

「ドブロクじゃ燗はだめだな。いったいお前は何杯飲んだんだ」
「忘れちまいました」

荻原浩明日の記憶」より

蛇足:アルツハイマーのワクチンはそういえばアメリカでエイズワクチンと同レベルで研究されてるんだっけか。アルツハイマーは早めにワクチン出来そうな気もするけど、エイズワクチンはいつになる事やら。完全に利かないにしても、型によって利くみたいだから使えるといいんだけどね。でもワクチンに有効じゃない型の場合は変質してしまって新たな型生み出すおそれがあるからおいそれと使えないんだろうなぁ。エイズそのものは薬が善いからほぼ進行ストップさせる事が出来るけど、薬めっさ高いしなぁ。アルツハイマーは進行ストップはまだ無理なのかな。人によるのかもしれんが、老人性アルツハイマーは誰が発症するか分からんしなぁ。恐怖は一つずつでも取り除かれるといいなぁとか思った。
なお、表紙は筆者です。途中まで私小説っぽい。

参考リンク

明日の記憶
明日の記憶
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荻原 浩
光文社 (2004/10/20)ISBN:4334924468
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