乙一 暗黒童話

あらすじ

白木菜深はある雪の日の雑踏で、偶々誰かの不注意で傘の尖った先端を顔に受け左眼を失う。彼女は失った眼球を探し出そうと延々冷え切った雪の中で動き回っていたところを保護を受ける形で病院に搬送された。
目を失ったショックで菜深は記憶喪失になり*1以前の記憶をすべて失う。すぐに移植用の眼球を権力者の祖父が手に入れてくれた。移植手術は無事に終わり、きちんと視力も得られた。が、以来彼女は何かのきっかけで手術した左眼だけに熱を感じると、不思議な幻視を見るようになる。彼女は自分の記憶ではないと明確に悟りながら、ノートにその幻視の内容を記述していく。幻視は一度きりしか放映されないらしく、真剣に菜深は記録を取りつづけた。
以前の菜深は活発な少女で、ピアノが堪能、運動も得意、勉強もきちんとできる優等生だった。だが、記憶を失った菜深はピアノは弾けないし、運動は不得意、勉強はついていくのがやっとで、活発な彼女を知っていた高校の友人達は離れていった。
外見的には元に戻った菜深だったが、内向的で何かにびくびくしている印象は変わらず、母との確執が表面化した。常に過去の菜深と比べられるのだ。同様に高校でも居場所の無い菜深だった。
高校や家族の場に自分の居場所を無くした菜深は幻視にのめりこんでいたが、その中で幻視はとある男性の視点である事に気付き、その幻視に含まれる個人情報を少しずつ集めていっていた。幻視の中には彼の姉や両親、そしてある時期以降両親が出てこなくなり、叔父夫婦が出てくるようになった。彼女の中では幻視の中の視点である冬月和弥と会いたいという思いが日々募っていった。だが、ある幻視の中で行方不明になっているという少女が監禁されている地下室を和弥が見て逃げたが、犯人に車に引かれるという物を見てしまった。犯人の姿かたちはわからない。だが、彼女には分かってしまった。こういう風に和弥が死んだということが。
菜深は積み立てておいた貯金を崩し、一度も行ったことが無いのに何度も見かけている地*2へと赴いて犯人を探しに行くのだった。

感想

乙一の本、四冊目であります。
GOTHと同じく黒乙一の本ですな。ただ、GOTHよりは一般受けしやすいと思われますわ。この本の冒頭は作中作の暗黒童話という本の中のアイのメモリーという話から始まります。烏が目を無くしてしまった少女の為に人間から目を獲って来る話です。ただ、作中作のアイのメモリーは本作とオーバーラップするものの、基本的には関連性がほぼ無いので気にしなくてもいいです。個人的には烏と映像という事で最近読んだ古川日出男の「サウンドトラック」と重なる部分を感じましたが、ただそれだけです。
ホラーという意味では初めて乙一の懐の深さを実感しました。GOTHではただ、非人間的な殺人鬼という事に拘ってドンデン返し付き短編を書きなぐっている印象しかなかったために、ホラーというより実質的には変格推理物と化している様に感じていましたので正直微妙でした。ただ在る殺人鬼は怖さは無いんですよ。ただ在る幽霊ならばまだ分かりますが。殺される側の恐怖や悲喜交々、心残り等付随するものがあって初めて怖い気がします。その点GOTHの登場人物はどこか達観した仙人じみたキャラクターが多く、殆どその恐怖を描写されないまま殺されます。だから無機的過ぎて全然怖くないし、ホラーという気もしなかったのです。
乙一は本作とGOTH読む限り「ホラー=怖い」というより、「ホラー=気持ちが悪い、グロい」物を選んで書いているように感じます*3。比重の置き方が普通とちょっと違いますよね。まぁ、ホラーって分野もゴシックホラーやら耽美系ホラー、怪物系ホラー、幽霊系ホラー、超常現象系ホラーと色々あると思いますが、ステレオタイプで言うと人間と異なる他者がホラーの原点であるのは確かです。その他者が超越的な力なり、知恵なり、特殊な能力なりを駆使して人間を蹂躙していく、それがホラーの、人間の恐怖なんでしょうかね。ただ、「気持ちが悪い、グロい系」っていうのもホラーの分類としては結構古くからはあるんですよね。スティーブン・キングの「IT」とかに出てくるピエロとか何故か分からないけれど生理的に恐怖を感じる存在とか、クトゥルー神話に出てくる著名なキャラクター*4のように見ると気が狂うとか言われるような嫌悪感をもよおすようなものとか、日本ではそんなに無いだけなんだろうけど*5。そもそもホラーのジャンルも新世代の旗手たる人物が現れなくなって長いですしね。こう描くとあれだけど、ホラーのジャンルで業績のある人って少ない気がする。リング・らせん・フープの鈴木光司は問題外だし、菊地秀行はちょっと違うし、加門七海は下手すぎるし、荒俣宏の小説は迫力が足らないというか、こじんまりした話ばかりになってる。帝都物語*6で風呂敷広げすぎたのを後悔してるのかな。以下愚痴になりそうなので、とりあえずやめておくけど現実的にコンスタンスにホラーで評価受けてる人って思いつかないな。それなりにホラーという分野は好きな人多いと思うんだけどなぁ。
本書ではキャラクターにファンタジー的な能力付与を行い、理非の世界を超越した浮世離れな世界を構築しました。現実的な部分と非現実的な部分の狭間でたゆたっているのが妙に心地よい本です。きちんとホラー的な手に汗握る展開があって好感が持てますし。有機的なグロさを異形という点で表現してみたあたりににやりとしました。誰にでも薦められる本ではないですが、間口広く読むタイプの人やホラーやグロい物に耐性がある人あたりにはいいんじゃないでしょうかね。ちなみに今回もきちんとミステリー的手法を取り入れています。トリックには驚かされましたが、単に古典読んでないから驚いているのかもしれませんので、ミステリー好きの人は気をつけた方がいいと思います。あんまりミステリーを読み込んでいるとは言いがたいですし。85点。

蛇足:ああそうそう、ハードカバーの本の巻末折り返しの部分に乙一近影があります。どんな人なんだろと思った人はそれだけの為に買ってもいいかもしれない。

参考リンク

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ネタばれ

関係ない話も書かれてるけど、読み終わった後に読んだ方がいい話。
時間置換トリックとは恐れ入った。まさか時間が一年もずれているとは思わんかった。
大団円と相成ったわけだけど、異形として取り残された三名。達磨とシャム双生児の様な二人。こういうネタは中々描く作家がいないからいいですなぁ。ある種窃視的な見世物小屋臭や胡散臭さがたまりません。こういう異形系の方向だと京極の魍魎の匣を思い出しますな。ホゥとか言って欲しいわけですw
よく考えれば京極も分類的にホラーに入らなくはないんですけど、ホラーって分類より京極っていう分類の方がしっくり来るのは何ででしょうね。陰摩羅鬼の瑕で関口君の作中作が出てくるんだけど、なんかその作品と乙一のホラー的方向性が被る気がする。邪魅の雫いつ出るんだろうか。今年の夏って事だからまだ梅雨ではあるものの、まだ先かねぇ。

*1:所謂全生活史健忘症と言われる奴だと思われる。自分の名前、顔、家族など生活に関連することのすべてを失う。ケースバイケースだが、大抵生活に関連しない事はほとんど無傷で憶えている。フィクションの中だけのものではなく、非常に希なケースだが起こるらしい。精神的なショックがそのきっかけになると言われている。記憶の回復はまちまちだが、時間の経過と共にたいてい何らかの記憶は戻る。ただ、すべての記憶が戻るとは限らない

*2:ノートに集められた情報で場所は大方わかっていた

*3:というより、作者があとがきに書いているように、友人の感想がグロいとか気持ち悪いとかいう感想を喜んでる節からそう思わざるを得ないのですよ

*4:アザトースでもシュブ=ニグラスでもヨグ=ソトースでもいい。ダゴンは単に半漁人だから違うが

*5:都市伝説的なものとしては「くねくね」とかいうのとかがありますな 参考http://kowai.sub.jp/31/756.htm

*6:小学生4年の時に夢中で読んだなぁ。初っ端から人が狂ったりして相当ショッキングだったんだが