野沢尚 破線のマリス

あらすじ

首都テレビ(MBC)にはCBSの"60minutes"をお手本にした報道番組「ナイン・トゥ・テン」がある。その番組には「事件検証」というコーナーがあり、そのコーナーの編集を一手に任されている名物編集マンが居た。遠藤瑶子という30を越えた女性であったが、事件を独自の視点から切り込むという事で定評があった。他の局では決してやらないであろう攻撃的な編集は多少のトリックすら使い、それでも見破られずに危ない橋を渡ってきた。
ある日、瑶子の元に郵政省の春名と名乗る男から電話があった。自宅に直接掛かってくる電話に不信を憶えながら、話をしたが、どうやら先方は垂れこみのテープを渡したがっているらしい。結局合う約束を取った。
防衛庁前の喫茶店で落ち合ったが、それはちょっと長い話だった。郵政省の内部での汚職に関する事柄とつい最近吉村輝夫という弁護士が死んだことが繋がるという内容だった。春名は瑶子に特に頼んだのは事件検証の編集を見て生の声を伝えたかったのと、放送に載せてほしいという動機があるようだった。瑶子は実際の視聴者の生の声を聞き、自らが賞賛されるという出来事に高揚を覚えていた。
春名と別れた後、会社で実際にテープを二度見、確信をもった瑶子はそれを放送で流してしまう。
編集されたテープの最後には警察署から聴取を受けた後に出てきた男が朗らかに笑う様が流れた。
郵政省の放送行政局にいた麻生公彦は自分に注がれる嫌な視線を感じた。皆が自分を見ていた。苦虫を噛み潰したような渋面の須崎課長は「何がおかしい。何を笑ってるんだ、お前は!」と麻生に怒号を浴びせ掛けた。
麻生は「ナイン・トゥ・テン」を見ている同僚が多いなとは思っていたが、自身は妻から掛かってきていた子供が風邪だと言う電話に掛かりきりになっていたので実際の報道は見ていなかった。
麻生の人生の歯車は確かに狂い始めた。

感想

叙述トリックに頼った印象が強い話ですな。ただ、テレビ報道に対する一石にはなっているかな。また、筆者が元々テレビ畑の人ということで、映像で撮っても問題のない作品に成り立っています。確か映画になったんだっけか。
まぁ、江戸川乱歩賞受賞というのは順当なところなんでしょうかね。乱歩は本格物や子供向け推理物書いてる印象が強いけど、実際は本格や推理物じゃなくてサスペンス要素の強い変格作品やファンタジックなキャラクター物、そしてネタ一本勝負的な幻想性を持った作品を書く作家でしたし、破線のマリスもどっちかというと推理小説として読むのには当てはまらない作品といえるでしょう。なので、本格物として読むのは止めた方がいいと思います。単にサスペンス物として読むのであれば問題はないと思います。
この作品は恐らくオウムの松本サリン事件で被害にあったにもかかわらず、加害者として扱われた河野義行さんあたりを下敷きにしていると思われます。映像のもたらすイメージは文章とは違い、ダイレクトです。脳の動きからすると文章を読むよりも絵を見たときの方が集中して活発に働くといいます。その中に明確なマリス(MALICE:フランス語で悪意)が含まれていた場合にはどれだけ暴力的な結果を生むか、報道人は肝に銘じろという啓発の書なのかもしれません。
にしても、こういうアグレッシブな番組が日本にはありませんな。下らないワイドショーなんかはゴロゴロしてますが。理想化された脳内世界だけに何でも書けるわけですが、実際にマスコミといえるような仕事をしているTV局はないと言って善いですし。大量の金を注いでくれる会社にはまずい事は何もいえませんし*1業務妨害をして来そうな類の連中*2に対しては口を噤んでいます。また、大本営としか言い様の無い記者クラブ制度に未だに甘んじてすらいる。夜討ち朝駆けの時代はどこへ行っちゃったんでしょうね。誘拐事件とかで犯人を刺激しないために緘口令が出るというならまだ分かりますが、危急性が無いにもかかわらず報道を止める意図というのは政治的には有るかもしれないが、ジャーナリズムの本懐から言うならば暴くのが命題なわけですし、上から圧力でつぶされるというのは納得がいきませんな。
ドキュメンタリーも日本では数字が取れないという事で、殆ど流されません。ドキュメンタリーは悲喜交々やみも知らない情報が篭っていて面白いのに。報道するつもりが無いなら、すっぱり報道という部分を切るべきです。バラエティー局としてせいぜい頑張って下さい、私は見ませんが。
早いところCSの時代がきて、特定局の寡占から視聴者がチョイスする形に完全移行して欲しいものですね。TV局は自分達で流行を作っているつもりらしいですが、それに乗るのは殆ど愚かな連中だけですよ。自分達だけ騒いでいて悲しくないですかねぇ。ま、そうこういっても既にCable入れていて民放なんざ殆ど見ていない私が言っても実感沸きませんがw

筆致について少し。なんか少し引っ掛かるように感じました。どこが?と聞かれても困りますが、読んでいて所々で読みにくいと感じましたね。難読とかじゃないんで殆ど支障は感じませんが。
キャラは皆自分の見たいものしか見ません。想定の範囲内にしか動かないので恐らくそこまでの熱中や感動やらなんやらはないと思われます。粗も結構有りますし。こういうのが変格タイプって言うのかな。
50点。

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ネタばれ

読みたい人だけ
推理物としては瑕疵として動機と犯人が語られない当りが気になりました。死んだ弁護士は実際に殺されたのか、それとも自殺だったのか。他殺だった場合にその犯人は誰だったのか。春名は実際に死んだのか、それとも単にダミーなのか。春名は麻生を陥れるという形を取って何がしたかったのか、官僚は関係しているのか等の消化しきれていない伏線が有ります。
正直消化する事が出来ていないので違和感が強くて、読後感はよく無かったです。TVの報道という部分に執着してしまったために決着部分が瑶子の自首までの経過を自分で編集したテープで語るという微妙な終わり方になってしまったんじゃないかと思います。考えて切ったにしては中途半端です。これが賞を受賞できる事に違和感も憶えますし。