東野圭吾 天空の蜂

あらすじ

早朝の錦重工業小牧工場は長い時間をかけたプロジェクトのお披露目という晴れ舞台に備えて、プロジェクトに携わった人々が集まっていた。そのプロジェクトは防衛庁から請け負った新型ヘリの製造だった。
プロジェクトの技術総括をしている湯原一彰はその場へ息子と妻を連れて来ていた。妻は嫌そうだったが、息子の高彦はヘリコプターを見れると期待に胸を膨らませている。駐車場で同僚の山下夫妻とその息子恵太と会い、一彰と山下は技術本館に行くから発表までの時間を厚生センター*1で潰すようそれぞれの家族に言いふくめた。家族との時間を削ってまで推進してきて来たプロジェクトだけに湧き上がる開放感は抑えきれない。一段落ついたらどこかに家族旅行に行こうと思っている等と山下と雑談を交わしていたのだが、思いもよらないアクシデントは予想しないところから起こるのだった。
一方そのアクシデントの始まりの場所には二人の子供が居た。高彦と恵太だ。二人はヘリコプターがしまわれているという第三格納庫のあちらこちらを空いていないか確かめて、どうにか中に入ろうと試みていたのだった。二人の母親は暇な時間を潰すための井戸端会議の真っ最中で、二人が外で遊ぶと言っても「まいっか」と了承してしまったのだった。二人の試みは蒲鉾型の巨大な建物である第三格納庫の端にある窓で報われた。何の抵抗も無くするりと窓が開いたのだ。恐る恐る中を覗き込み、誰も居ないし危険も無いと判断した後、二人は格納庫の中に入った。普通のヘリコプターの大きさを知らないだけに、灰色の大型のヘリコプターを見た彼らは驚きの声を上げ、更に探検気分で半開きになっている機体のドアから中に侵入した。見て回るのに飽きた高彦が中から出てきて、まだ中に居る恵太にいたずらを思いついて実行に移している時だった。ちょうど午前八時。唐突に格納庫の扉が開いたのだった。高彦はヘリを見ていたため、具体的になにが起こったのか判断しかねたが中に居る恵太が何か何かへまをやったのではないかと思い、恵太に早く出るように呼びかけた。しかしその頃にはもううなりを上げてヘリはローターをぶん回していた。ローターが生み出す爆音と空気の動きで身動きが取れない高彦を尻目にヘリは格納庫の扉へ前進し、空へと飛び去ったのだった。
別に恵太がどうこうという事ではなくヘリは全て自動的に飛んで行ったのだった。高彦が母親の所に事の顛末を語り、父親が駆けつけてくる間にもヘリはどこかへと向かっていた。八時三十分なろうとしているころに、そのヘリは高速増殖原型炉『新陽』の真上に到達し、その八分後にその新陽にFAXが届いた。そこには次のように書かれていた。

関係者各位
我々は自衛隊ヘリ「ビッグB」を奪った。我々の計算が正しければ、ヘリは現在高速増殖原型炉「新陽」の上空八百メートルの位置でホバリングを行っているはずである。
ヘリの操縦は、完全に我々の手の中にある。他の何物も、ヘリを今の位置から動かす事は出来ない。そして今のところ我々に、ヘリの位置を動かす予定はない。動かすのは高度だけである。燃料消費に伴い機体が軽くなる事を計算し、段階的にホバリング高度を上昇させる。最終的には二千メートル近くになると予想される。
ただしそのまま時間が経てば、当然のことながら燃料はゼロになり、ヘリは墜落する事になるだろう。参考までに述べておくと、ヘリには大量の爆発物がつまれている。もし墜落という事になれば、「新陽」も無事ではすまないだろう。
この危機を回避する方法はただ一つである。次に上げる要求をのみ、大至急実行に移していただきたい。要求がとおった事を確認した後、ヘリを安全な場所に移動させる。

  • 現在稼動中、点検中の原発をすべて使用不能にすること。具体的には、加圧水型原発は蒸気発生器を、沸騰水型原発は再循環ポンプを破壊せよ。
  • 建設中の原発は、すべて建設中止にせよ。
  • 上記作業を全国ネットでテレビ中継せよ。

ただし、「新陽」だけは停止させてはならない。もし停止させれば、その瞬間にヘリを墜落させる。
ヘリは領収飛行を控え、補助タンクもすべて満タンにしてあった。我々の計算では、午後二時ごろまで飛行が可能なはずである。
一刻の猶予も許されない。関係者の決断力に期待する。

最後に「天空の蜂より」と書かれたそれは未だ序章に過ぎないであろう事を物語っていた。

感想

社会派ミステリーって言ったら嫌味になるんでしょうか。よくわかりませんけど。でも、現代社会に投じられた一石である事は確かですね。我々が普段気にすることなく甘受している電気ですが、負の遺産としての原発は人が沢山居る都市部ではなく過疎の進む山村部に集中しています。果たしてみなその事実に真摯に目を向けているのか?と問われたならば、答えはほぼ否でしょう。発電事業に関わっている仕事の人以外は生活に欠かせないインフラとしての意識だけでしょう。国策企業として扱われる電気事業者への停電などの不満やもっと卑近な料金に対する懸念は有ってもそれ以外に何を思えばいいんでしょうってところでしょうかねぇ。
日本は原子力推進が国策になっているので、沢山作られていますが、原子力には負の側面を視野狭窄でもって拡大される事が在ります。唯一の被爆国だということと、チェルノブイリでの事故の悲惨さが語られることが多いのは端的にインパクトがあるからだと思われますが、その面だけで原子力を語られている節が在ります。事実私は発電事業というと風力・地熱・太陽光・火力・水力・原子力・潮力等が思いつきましたが、原子力発電の軽水炉高速増殖炉の違いを本書を読むまで知りませんでした。そして何故原子力発電を伸ばしていっているのか?という実に単純かつ当たり前な疑問の答えすら、明確に知りませんでした。興味が無かったから知ろうとしなかった、と言ってしまえばそれまでですが。
今までは原子力発電所の建設というと、国会議員の地方に対する一種の公共事業で、建設系の利権になっているのかなと思っていて、更に施設の作られる過疎の地方に対する国の見舞金的な補助金は人が居ない地域に対して無駄極まりないとすら思っていました。財源の繰越が認められていないので、地方財政は何が何でも財源をすべて使い切る必要が在りますが、現在ではそんな健全とも言える体質が地方に沢山あるとは思えません。どこもそこも借金まみれなのは新聞見ていれば分かる事です。過疎で財源がなくなってきている地方で巨額の財源の確保ができる原子力発電所の建設は安直ではあるものの、緩やかな死を一時的に遅らせる事ができるワクチン的な扱いをされているのは否めません。結果として作られる発電所は幸禍の両方を持ってきます。物質的な面での幸福と実体の不確かな健康被害風評被害です。実際にどの程度放射線やら放射性廃棄物が出ているにしろ、不安は沈殿して澱となって溜まっていきます。原発内でなら兎も角、原発のある地方に住んでいるというだけの場所で白血病や癌の発病者が出るたびに、関係ないかもしれない原発と病を関連付け、原発に責任転嫁するような体質が出来ていきます。責任転嫁といっても、健康被害を訴える集団訴訟などにはならず、口に上らないが皆が思っている事であって、その地方での平均的なしこりと言ってもいいでしょう。それに対して地方の人たちは何故都会の者の為に我々が酷い目を見なければいけないのかと憤っています。精神的にくるものがありますから、怒りの矛先が甘受する側に向くのも仕方ありませんね。とまぁ、原発の恩恵を甘受している都市部と負の側面を負わされている地方の簡単な対立構造を説明してみました。本書読んだ方がこんな文章読むより全然いいのは確かです。作者の出した答えも、現実的な問題もかかれていますし。でも問題提起としてはいいんじゃないかと無責任に言ってみます(ぇ
さて、東野圭吾の五冊目のということですが、今までのほんと比べると格段に硬い本ですな。内容も硬いし、文章もやや硬め。内容が内容なので軽く書くわけにもいかなかったんでしょうな。ただ、推理物として読むのは無理があります。理由は兎も角*2、サスペンス物として読むのが正しいかと。問題提起は非常に優れていますが、興味ない人にはとことんだからどうした?って事になりかねない点には注意でしょうかね。本書の半分行かない時点で作者の意図が見え隠れする点は瑕疵なのか、それとも狙いなのかはハッキリしませんが、読んでいる側からの犯人の思考予測がフラフラと揺さぶられる形になるので恐らく狙いなんでしょうかね。パニック・サスペンスとして見た場合、感情移入がしやすいか?といわれると疑問符ですな。そこそこの興奮ってところでしょうかね。知識のタネは増えたけれど・・・面白いかといわれると微妙みたいな。70点ぐらいでしょうかねぇ。
犯人に感情移入させられるのが問題な気もするけど、それがないと問題提起にならんしなぁ。

蛇足:手元にあるハードカバーの本だと、1995年11月発行となっています。高速増殖炉もんじゅはその一月先に事故をおこしています・・・。なんか偶然って怖いですね。

参考リンク

天空の蜂
天空の蜂
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東野 圭吾
講談社 (1998/11)isbn:4062639149
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ネタばれ

読まない方が吉
激しく三島に同意。核アレルギーだけで本質を見失うより、問題提起としての行動の方が評価できます。
三島はきっと原発にヘリを落とす事で自分が作ったものを(いや、作ったのは原子炉で、建物そのものじゃないけど)試したかったんだろうなぁと思いますわ。自信が無いとこういう行動には出られませんし。ただ、雑賀と思惑が異なる点については読者として翻弄されましたな。
子供のしつけは大事だと言うのが大意なんでしょうかねぇ。

*1:食堂施設のようなもの

*2:語っちゃうとネタばれになっちゃうのよ