谷甲州 天を越える旅人

あらすじ

ミグマ・サンゲは幼い頃両親を相次いで病死で無くし、僧院で育てられる事となった。現在は十七歳の若くて健康なラマ僧見習である。中国の属国となったチベット共産党の支配を受けたが、最近では仏教信仰の明確な弾圧は目に見えて少なくなっている。
ミグマは最近雪山で凍死する夢を見る。度々というわけではない、ここ数日毎日だ。夢はとてもリアルで死を何度も経験する体験が彼を疲弊させていた。そんな彼を師匠であるヨンドンラマが見咎めて悩みがあるのではないかと問うた。逡巡したものの、親よりも貴い師匠からの問いにおずおずとミグマは悪夢の詳細を答えた。長い沈黙の後、師は前世の記憶ではないかと言った。どうやらミグマは幼い頃に周りを困惑させるような言動をしたらしい。それから師はミグマの生まれの前に死んだ活仏を探したらしいのだが、どうやら適合しそうな活仏は居なかったようだ。故に師が出した結論は活仏ではないという事で、その前世の記憶も薄れてきているようなので、無理に思い出させる必要も無いとの事だった。最後に師が言ったのは夢をコントロールする術を学べという事だった。それを聞いてミグマは安心し、数日後には夢を全く見なくなった。やがてその夢を見たことも忘れた。だが半年後にヨンドンラマが没した事で再び悪夢は襲い掛かってくるようになった。
ヨンドンラマが没して数日がたった頃、ミグマは旅に出る決心を固めた。自らが見る悪夢の現場を見つけるという目的をもって彼は現在の場所よりも更に標高の高いところを目指すのだった・・・。十七年間殆ど街の外を出歩く事の無かったミグマは登山知識もなしに死なずに済むのだろうか?

感想

登山FT仏教SF小説です*1。なんか登山系の話って他のジャンルとの相性がいいみたいですな。あと巧い作品が多いのかもしれない。とっさに思いつくのが高村薫の「マークスの山」しかないのがちょっと寂しいけど、ジャンルとしてそんなに多くはないから仕方ないわな。そりゃ冒険家のノンフィクション作品って手もあるけど面白そうな気がしないので未読です*2。まぁ、登山という行為にあまり善い印象をもってないのが原因でしょうな。登山よりは海の方が好きですし、高いところ駄目なんで。あと、雪山登山ってあほらしいじゃないですか。凍傷であらかた指を失うとか珍しい話じゃないですし。最近は高齢者のハイキングが流行ってますが、遭難事故も多発してますよね。なれない登山よりは溺れて死んでも本望な海の方がいいです。
さて本書は原始仏教に近いチベット密教系のお話です。何かを求めて冒険の旅に出るというのはジャンル問わずによくある話ですが、これは前世の記憶を辿る旅です。前世とか言っても「私は昔ムーの戦士だったn(以下略」とかの電波な状況とは違います。ファンタジーチャネリングの旅みたいなもんですかね。ただ、これは前半部分だけで後半に行けば後半に行くほどSF的な要素が強まってきます。漫画で言うと序盤手塚治虫ブッダ、中盤荻野真孔雀王、最後のあたりは光瀬龍百億の昼と千億の夜*3のラストみたいな感じですな。ここらへんのヒントで類推してもらうとなんとなく分かるかな。
しっかし日本のSF作家って忌避傾向があるから、滅多に読まないんだけどこの本はかなり捻って捻って捻りまくりな本ですな。流石に構想三年近く、書き下ろすのに三年半は伊達じゃないですな。ただ、原始仏教密教についての興味、もしくは登山に対する興味を持ってないと読むのは苦痛になる可能性も否定は出来ないねぇ。私の場合は前述した孔雀王やらジャンプで連載持ってた黒岩よしひろ先生の不思議ハンターなんかで仏教になんか超能力的な傾向を見出して興味津々だった時代があったもんで気にはなりませんでしたな。いや、もちろんファンタジーとしてですよ。なにもオウムだの創価学会だの新興宗教的なあれとはきちんと割り切ってますから。あれにリアルを感じるのは相当やばいですし。なお、この本にSF的要素を重点的に期待する向きは読まない方が吉かもしれませんな。かなーーーーーり薄いですし、無理やり感が漂いまくりですから。
筆致についてですが、懇切丁寧な印象があります。たまに唐突に結論を導き出しちゃう作者とか居ますが、そういう不親切な事は一切無いです。一つ一つ積み上げるように世界を説明していってくれます。こういう文章だと随分下の年齢の子でも読めるかもしれませんねぇ。ただ、知識を咀嚼する独白が過多でキャラクターが喋る事が多くないため会話のキャッチボール主体の人にはむかないと思われます。
中々よく出来た本ではあるものの、やっぱり心躍る場面がないので60点。悪くは無いんですがねぇ。

蛇足:手に入れてすぐに巻末の解説やらあとがきを読む人に注意。ネタばれしまくりですから。あれはちょっと気を抜きすぎですよねぇ。

参考リンク

天を越える旅人
天を越える旅人
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甲州
早川書房 (1997/04)Isbn:4150305781
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*1:意味不明だなこりゃ

*2:下手したら食わず嫌いなだけのおそれも・・・

*3:いや、これ漫画でてるのよ。本のほうはあまりに荒唐無稽で読むのに耐えなかったんだけど、漫画読んでその後に結局原作読みましたわ。延々キャラクターがカタカナ喋りとか小説だとウンザリする場面とかあって苦行だった