山本周五郎 樅ノ木は残った
時代物といえば暴れん坊将軍やら水戸黄門やらと脳死してる人もいるだろうけど、ああいうのはサザエさんやらドラえもんとかと同じで閉じている世界での予定調和のみで出来ている話であって、一話完結（少し増えるかもしれんが）がベースでそこに縛られてるわけですよ。ただ、時代物ということでテレビでやっているような予定調和物とは違う時代物もあるって事に気付いて欲しいわけです。
また、時代物としても、ライトな司馬遼太郎*1だけではなく、重厚な世界観構築の出来る作家の山本周五郎とかも読んで欲しいわけで。
司馬遼太郎は世間一般的な意味で時代物と言ったらこの人的な評価はされているものの、多作なだけではないかとか思ったり。確かに「竜馬が行く」に代表される歴史の再評価は必要だと思うけど、情緒的なものが足りない作品が多いわけですよ。下手にエンターテイメントしちゃってるから、悲哀的なほうより楽観的なほうを選んで話を書いている。青臭い作品が多いわけです。さらに読者に自分で人間像を作らせるのか何なのか、人物に関する描写が少なくキャラクターが捉えどころがなかったりもしますな。
かといって、池波正太郎が認められるか?と言う事になったら、そうでもない。池波正太郎は本人がどう思おうと、通俗風俗小説の書き手であって、それ以上じゃないとも思うし。鬼平にしろ剣客商売にしろ前述の一話完結型の枠からは出れてない。剣客は枠からははみ出し気味では有るにしろ、連作としての最後をきちんと飾るという意味での商業的意味からやったのだろうし、逆に予定調和という点から出る事に終始してしまい、キャラクター全滅というちょっとアレ過ぎる最後だし。この人は町屋の雰囲気とか庶民的な世界の構築という意味ではありですがね。
まぁ、こんな時代だからこそ、本当の人情と静かな熱情、義憤と無私の山本周五郎なわけです。暗くて重くてダメって人も生理的にあるだろうけど、日本的な情緒、機微は伝えきれないものが多いけどきちんと伝えてくれる作品を求めるならこの人はお勧め。
何気に最近の映画化が多いですな。
- 椿三十郎(1962年 監督：黒澤明)
- 五瓣の椿(1964年 監督：野村芳太郎)
- 赤ひげ(1965年 監督：黒澤明)
- どですかでん(1970年 監督：黒澤明)
- どら平太(2000年 監督：市川崑)
- 雨あがる(2000年 監督：小泉堯史)
- かあちゃん(2001年 監督：市川崑)
- 海は見ていた(2002年 監督：熊井啓)
- SABU（2002年 監督：三池崇史)
後この作品は1970年に大河ドラマにもなりました。
あらすじ
伊達藩の藩主伊達綱宗は、放蕩が過ぎすぎ、幕府によって隠居させられる事となる。後釜にはわずか2歳の亀千代が座り、外からの後見と藩重臣達との確執が生まれていく。所謂伊達騒動である。
伊達藩宿老の原田甲斐は伊達藩を潰そうと画策する幕府に対し毒を喰らわば皿までの意気込みで自ら一人泥にまみれる形で相手の懐に飛び込み、周りのものからは逆に疑われ、それでも忠義を、ただそれのみを貫く。自分の命、自らの名跡すらも省みずただ淡々と目標に対して邁進して行く。果たして伊達藩は残るのか。
感想
士道とは死ぬ事と見つけたりの上を見た思いですな。元々の歴史的評価で言うと原田甲斐は裏切り者、大罪人として扱われていたらしく、この作品がきっかけで見直しがされたらしい。まぁ、本人の行動は不言実行、昼行灯、藩政の切り回しについては後見側についてるように見えるわけだし、それは仕方ないですな。
下手をすると偶然が重なっただけでそうなったのかもしれないが、こうやって一つの作品として歴史のひとつの側面を見るというのは非常に楽しい事であと思う。まぁ、時代物といっても殆どが事実じゃないだろうし、フィクションとして読むにしても、実によくで来た本であるのは間違いない。
人によっては忠臣蔵などよりもこっちの方が泣けるのではないかな。けっして泣かそうと思って書かれている本ではない事は断っておくが、ある種の人にとっては泣けてしょうがないだろうなぁと思う。
黙々と事を成していく甲斐の行動は東北の人らしさみたいなものを感じさせたりもした。雪深い地方ならではの一本筋の通った芯の強さを見せられた気分だ。
明治大正の時代の日本人もこういう人は沢山いたんだろうなぁとか、ふと昨今の状況を省みて悲しくもなるが、こういう時代だからこそ精神性においてコンパスのような物を持っていてもいいのではないだろうか。
それに耐えうる本ではある。
点数としては90点というところだろうか。
参考リンク
樅ノ木は残った (上)posted with amazlet at 05.04.22
樅ノ木は残った (中)posted with amazlet at 05.04.22
樅ノ木は残った (下)posted with amazlet at 05.04.22
