浦賀和宏 とらわれびと ASYLUM

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あらすじ

金田忠志は自分に妹が居ることを知る。
妹の名は妙子。
妙子が飯島の父親である飯島哲也を殺したのだ。
その証拠に目撃証言として飯島哲也と最後に目撃されている。レザーのパンツに革ジャン、そしてセミロングの髪型をした女性。ボンテージルックに等しいそんな特殊な格好をした妙子は目撃者によると忠志と瓜二つだったという。
忠志は離婚した両親にそれぞれ妙子のことを聞いた。
母は双子を妊娠した時にそれぞれ忠志と妙子と名付けたが、忠志だけ残って妙子は消えたと云った。忠志に吸収されたのだろうと云うことだった。
父は妙子の事を詳しく知っていた。昔忠志が幼い頃に激烈な腹痛に見舞われたときに腹部にあった嚢胞を摘出していたのだ。それが妙子だった。妙子は全ての臓器をひとそろい持った蛭子だった。父はそれを実験のために生かすことにした。そして忠志が安藤に殴られた日、妙子は衰弱死したと知ってショックを受ける。
父は下らぬ事に拘る忠志を正気に戻すため、死んだ妙子をホルマリン漬けしている容器ごと投げ捨てて壊した。忠志は逆上し父を殺害しようとする。殺したはずだったが単に気絶しただけで実際には死んでおらず、警察に傷害として届けられるに至る。
それから忠志は萩原良二に会いに行った。
忠志は妙子と再会する。父を殺して結ばれたのだ。もう既に忠志は壊れていた。


森山亜紀子と穂波留美は友人関係にあった。学内に誰ひとりとして友人を持たない留美に亜紀子が声をかけたのがきっかけだった。
森山亜紀子には弟が居る。雄一は現在九歳だ。同じ年代の子供と同じように外を遊び回ると云うことは出来ない。彼は腎臓病だった。
亜紀子と雄一の両親は飛行機事故で死亡している。故に叔父の家で暮らしているのだが、流石に雄一の治療費は家計を圧迫しているらしく疎ましく思われているのは口に出されずとも解っていた。亜紀子は高校を卒業したら早々に就職し、雄一と二人暮らしをすることを考えていた。
しかし・・・その思いは断ち切られることとなる。
病院周辺で起こっていた腹部を切り裂く一連の殺人事件の被害者に雄一はなってしまったのだ。物言わぬ雄一のために泣き濡れる亜紀子のために留美は事件の解明を行おうとする。


福田広司は出版社で編集をやっている。彼はある雑誌記事のためにインタビューを行うことになっていた。相手の見た目は女性だが、生物学的には男性、そういう人物の生い立ちから苦労などを聞き取って記事にするのが今回の福田の仕事だった。だが、福田はインタビュー相手の恵子に深入りするようになってしまう。
きっかけは恵子からかかってきた電話だった。恵子は一見さんお断りの会員制クラブに勤めている。最近そこのなじみ客がゴソッと居なくなっているというのだ。たまたま一人だけ遭遇することが出来たが、引っ越しの作業の途中であった。彼女(実際には男性だが)曰く、「赤ちゃんを産みに行く」のだと云ったそうだ。しかし、生物学的には男性なのだ。いくら女性ホルモンを打とうが子宮が無いため安全に子供を宿すことは出来ない。
恵子は福田にその客達の行方を捜す事を頼んだ。生物学的男性だとしても恵子という人物に恋愛感情に似た好感を持っていた福田は一も二もなく協力することにした。

感想

浦賀和宏四作目。
壊れ始めちゃいましたねぇ・・・。今回は時間軸目茶苦茶です。わざと書かないことで叙述に・・・なっているのかな。中盤ぐらいでばれるからあんまり意味はないような。ま、安藤直樹シリーズのはずなのに、実際に出てくるのはたった三ページで一言言って帰って行く奇行ぶりw。それもそれで印象的で効果が高いですけどね。
今回のメインの主人公は穂波留美です。どうやら安藤と付き合っているという事になっているようですが、安藤は実際どう思ってるんでしょうねぇ。そこがちょっと気になります。一人先走っているだけな気がしますけどね。だって安藤は基本的にもう生きている人間に興味がないわけですし。
次は謎の解明について。今回紐解かれた関係性の一端は安藤の父親である自殺した安藤浩について、そして何故安藤、飯島、金田がつるむことになったのかということについて明かされる。ん〜本筋ではある物のややネタとして弱いですなぁ。前回初登場した留美が主人公なのと絡められる要素がそろそろ枯渇してきたあたりが関係しているように思いました。大ネタを前三作で使いすぎたんでしょうねぇ。一応金田の妹が飯島の父を殺したという引きで前作は終わっていたのでこれが一番のネタなんでしょうけど、結構あっけなく解決してしまい、相も変わらず萩原良二が放置されている状況が読み手の不完全燃焼感を誘います。やはり主筋の安藤と萩原の対決を読者は見たいわけですよ。でも安藤は現状に満足してしまっているから一筋縄じゃあいかないでしょうねぇ・・・。
また随分突飛な内容だけれど、男性が妊娠するというネタについて調べてみた。結論から言うと可能であるらしい。現在その為の方策として考えられているのは二通り。大腸に受精卵を着床させて帝王切開で出産するというパターンと子宮を移植するというパターン。前者はシミュレーション段階ですが、一種の子宮外妊娠と考えれば確かに危険ですが可能性があります。これは99年2月に既にその段階に達していることから決して不可能ではないのでしょう。この作品が世に出たのが1999年の10月ですから、比較的早い段階で情報入手をしたようですね。そして後者はもっとここ最近の話なので取り上げられなかったのでしょう。どうやらサウジアラビアにかなり真剣に取り組んでいるグループが居るらしく、ほ乳類の動物実験では成功しているそうです。ただ、子宮そのものを今のところ手に入れる手段が明確にあるわけではないですし、ベストドナーがレシピエントの母親ということで恐らく倫理的に色々問題がありそうです。特にキリスト教圏では気違い沙汰でしょう。
本作のテーマは「死と出産」かな。死はいつものことだから除外しても佳いとして、女性本来の能力でありそれが女性の男性に対する優位性であった「子供を産む能力」が固有の物ではなくなる可能性を示唆して神秘性を貶めながら、一方が他方を胎内で吸収したりする不可思議な現象が起こったりの神秘性を強調したり、思いもかけない血の繋がりがあったり、更にはその現象そのものを詳しく知らない存在が犠牲になったりと大体収束しますね。
これは科学が奇跡だの神秘だのを黎明していく作業に似ています。そういう意味では全編萩原と同レベルでの話な訳です。研究が、実験が、面白ければ全て良し。だから薄気味悪さが漂ってます。
ミステリーとして考えた場合は確かに意外性では秀でているかもしれません。ただ、心理的に云うと壊れてしまっている側の「一体何のためにそれをやっているのか?」という命題がわからないため意味がないように思えてしまうんですよ。残るのは空虚感なのでどうにも納得がいかないわけです。納得なんていかなくていい、そういうもんなんでしょうけどしっくり来ないですね。
今作からの派生は金田と飯島でしょうから残るものがなさそうだなぁ。
70点

参考リンク

とらわれびと―ASYLUM
とらわれびと―ASYLUM
posted with amazlet on 06.03.17
浦賀 和宏
講談社 (1999/10)
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