薬丸岳 天使のナイフ

ASIN:4062130556

あらすじ

少年三人に愛する妻祥子を殺された夫桧山貴志は娘の愛実の成長を頼みに日々を生きていた。祥子が殺された当初は茫然自失として何もする気が起きなかったが、赤ん坊の愛実の世話をすることでなんとかやり過ごすことが出来た。
事件から三年と十ヶ月、愛実は四歳になっていた。チェーンの喫茶店のオーナー店長という職業に就いている貴志が見慣れた刑事と話をしたのは昔話をするためのはずだった。刑事は祥子の事件を担当した男で三枝といった。店で頑なに金を払うと言っていた三枝に不審を憶えるべきだった。彼が昔話の後に伝えたのは祥子を殺した三人のうちBと言われていた男の死だった。
貴志は妻の死の後執拗なマスコミの応対の際に言った言葉を思い出していた。
「国家が罰を与えないなら、自分の手で犯人を殺してやりたい」
うら寒い気分になったのは否めない。貴志自身が望んでいたことでもあったからだ。少年法という高く厚く堅い壁。それは少年の可塑性という犯人の擁護になりはすれ、被害者遺族の権利を一切認めてなかった。二〇〇一年の四月にようやく第一歩を踏み出した法の改正は遅すぎたのだ。
Bこと沢村和也は貴志の店から十分ほど歩いたところにある大宮公園で見回りをしていた公園管理事務所の職員に発見されたという。頸動脈をすっぱりナイフで切られ失血多量で発見された当時既に死んでいたという。見回りは八時半と九時四五分に行われ、後者の見回りで遺体が発見された事から犯行時刻はその間と目され、容疑者に数えられるだけの動機を持ちうる貴志のアリバイを三枝が確かめに来たということなのだろう。
桧山は日頃から夜遅くまで店に一人で居残ることが多く、犯行時間と思われる時刻にはアリバイ立証が出来るとは思われなかった。十時頃に店を出たときにけたたましく鳴っていたサイレンの意味がようやくわかったという程度であった。それもそのはず、貴志は少年法に守られた三人の男の個人情報すら少年法が改正されて初めて手にいれたのだった。警察も家裁さえも貴志には何もしてくれなかった。殺してやりたいという気持ちは未だに変わってはいない。黒く広がった癒しがたい虚無という名の傷が癒されることはないだろう。しかしだからといってその実行を貴志はしていなかった。事実を話し、それを三枝は聞くだけでまた来ると言い残し去っていった。
貴志は一人この事件をきっかけにして残された二人を追おうとする。彼らは未だ謝罪にすら来ていないのだから・・・。

感想

薬丸岳初読み、まぁ処女作ですから当たり前ですが。なお第五一回江戸川乱歩賞受賞作です。
ストーリーテリングが上手いので一気読みがすんなり出来ました。漫画の原作を求める賞で三回佳作を取っていたらしいので、プロと言えばプロでしょうな。しかし、胡座をかかずに臥薪嘗胆、更に背水の陣で望んだ乱歩賞受賞は価値があると言えるでしょう。それにしても同じく江戸川乱歩賞受賞した『13階段』とだぶるのは何でだろ。
最近とみにエンターテイメント性が高い作品が乱歩賞を獲ってますが、本作はそれの決定打と言えるかもしれません。前半で細かい状況説明と作品テーマである「少年法」にスポットを当て、後半で一つ一つ紐解かれる伏線と謎で盛り上げるわけですからねぇ。感情豊かに描かれる「復讐したいんだけどそれやっちゃったら同じだし、やってないことを自分が疑われるのは問題だ」というストーリー。鎖に繋がれた犬という表現よりも、庇護する存在があるが為に自分を押さえていると言った方が近いか。映画とかドラマとかに向いてますな。でもいまいち乗れなかったのが気にかかる。後半失速してるわけじゃないんだけど全体としてそれほどスピード感が感じられなかったんですよね。
伏線の張り方とその消化法自体は乗れていいんですが、エンドの部分が読めていたので乱歩賞の枚数制限が痛いなぁと思う次第。これぐらいがだれなくて丁度いいのかもしれないけど、一つ一つ想像していくと重要そうなのはあらかた片が付いちゃいますからねぇ。登場人物の事件への絡みの比率が極端に高いので仕方ないんですが。でもきちんと残すそれらしい伏線もあることにはあったので、作者のがんばりが見えた気がしました。財布の中に何が入っていたのか、それは作者のみしか知り得ませんからねぇ。でももっと多く伏線張った方がよかったんじゃないかなぁ。それらしいミスリードを誘う内容が無かったわけですし。
本作の場合あんまり邪推しちゃうと私みたいに最終章のドンデンを見破っちゃったりして寒いことになるので注意。素直に読んだ方がよさげ。
まーしかし、少年法は撤廃するべきだろうなぁ。年齢によって罪に問えないとか意味がわからんから、実名顔出しでok。でも少年法なんかより実際刑務所とかの問題の方がでかいわけですよ。更正って言っても実際更正の為のプログラムなんてほとんど無いわけですから。手に職みたいな話を聞くけれど、実際は中でやってるのは木工とかの3kの仕事。しかも賃金はほとんど貰えないわけで単に奴隷労働させてるようなもんなんですよ。要するに苦役を与えられて我慢をする期間でしかないわけで、前向きどころか後ろ向き過ぎる仕組みなんですよね。刑務所入ったりしたらオナニーすらさせて貰えませんからw。してるところが発見されたら懲罰ですよ。人権派弁護士の革を被った共産主義者はとりあえずもっとちゃんとした活動をしろと。憲法九条改正がどうのとか、イラクへの自衛隊の派兵が違憲とかくだらないこと言ってないで、目先のことに力を注いでくれ。ただ本書の場合は少年法にまつわる話に絞ってるのでそこら辺まで話を拡大させてしまう事は無理ですが。ま、なんにせよ少年法がらみの事件ばかりが主人公を中心にして起きすぎですw。物語ですから大人げなく反応せずにスルーしなきゃいけないとこですがね。
トータルバランスはそこそこ。キャラクターのロールが適当とか言う意見も目にしたけど、多分枚数制限と構成の問題からじゃないかと思うんだ。やれば出来る子だと思うので、次回作に期待。
80点。
蛇足:とりあえずあれだ。制度を叩くのではなく、まず立法機関を叩け。憲法裁判所を作るんだ*1。国会の糞どもは居眠りしながら税金を貪ってるんだからな。けつっぺた叩かにゃ腰の重い奴らはなんにもせんぞ。
追記:何を言おうと最終的には「マスコミは糞」で終了

参考リンク

天使のナイフ
天使のナイフ
posted with amazlet on 05.12.13
薬丸 岳
講談社 (2005/08)
売り上げランキング: 706

*1:くだらない訴訟を最高裁に持ってくる必要が無くなる。てか日本で違憲判断を出す場合はほとんど裁判官が辞めるからって理由の最後ッ屁だったりするのは何とかしてくれ。