ダン・ブラウン 天使と悪魔(上・下)

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あらすじ

ロバート・ラングドンは悪夢から覚めると迷惑な早朝からの電話に悪態を付いた。時計を見るとまだ午前五時。全く時間を考えて欲しい。
よくわからない相手だが、何故か素粒子物理学の研究者からかかってきたようだ。相手は面会を切望していたが、睡眠を邪魔されたことに腹を立て受話器をたたきつけた。しかし悲しいかな、眠気はいずこやら。仕方なく起きてココアを飲んでみる。よっぽど大変な用事があるのだろう。FAXで先ほどの電話相手は何か送ってきた。そこには死体とその胸に刻まれた焼き印で入れられたと思われる酷い火傷が写っていた。「イルミナティ」そうアンビグラム*1で書かれていた。ロバート・ラングドン、彼の仕事はハーバードの教授、専門は宗教象徴学。
再びなった電話にロバートは出ざるを得なかった。『イルミナティ』は数百年も前に消滅したはずだという確信を揺るがすだけのものがあったのだから。
ロバートは結局電話主の移動手段超音速旅客機*2を借りて、わずか1時間ででスイスのジュネーブへと向かった。着いた先は欧州原子核研究機構、通称CERN(セルン)で、そこに待っていたのはハイテクでデコレートされた電動車いすに乗った男マクシミリアン・コーラーだった。彼はセルンの所長とのことだった。鉄面皮のように感情を極力表さない男で取っつきにくそうだ。彼はロバートに死体について語り、『イルミナティ』について訪ねた。しかし、既に滅んだ結社について説明しても不毛なだけだった。コーラーの知識は増えたが、納得のいくような説明ではなかった。ロバートは明確な殺人事件としてあるのだから、警察に届けるべきだとは主張するが、コーラーは冷凍してわざわざ死体の保存をしているのだから、全てが解決してから死体の処理をしても遅くはないという。なんでも被害者はレオナルド・ヴェトラといい、娘がいるのだという。レオナルドは殺されるだけに飽きたらず、量の目玉をくりぬかれていた。ヴィットリア・ヴェトラというらしい。おまけに父親の共同研究者でもあったとのことだった。生物に関する調査が主な研究テーマの為僻地に居るらしいのだが、父親の訃報と言うことで戻るよう連絡が行っているという。
ヴィットリアはやがてやってきて、父の死の原因を確認した後秘密の研究について語り出す。二人は反物質を作り出すことに、それも大量生産することに成功したのだという。勿論保管の方法も含めて。父は誰にもその事をしゃべっては居ないはずだが、何故か殺されてしまった。おまけに調べてみるとサンプルとして作っておいた膨大な量の反物質、0.25グラムが盗まれていた。微量だが反物質である。物質と、たとえ空気だろうと接触すれば対消滅を起こす。0.25グラムというとおよそ五キロトン、半径800Mを文字通り消し去ることが出来る破壊力だ。
三人で揉めている間に外では様相が変わったらしい。コーラーにヴァチカン市国から電話がかかってきた。盗まれた反物質を入れた容器がヴァチカン市国のセキュリティの為の防犯ビデオの中に写っているという。コーラーは電話中に発作で倒れてしまい結局二人だけでローマ>ヴァチカン市国に行くことに。
果たしてイルミナティは復活したのか?レオナルドを殺したのは誰なのか?

感想

作者ダン・ブラウンに感謝を、訳者越前敏弥に最大の賛美を!
冒頭に謝辞を入れたのは異例ですが、海外翻訳物で雰囲気を壊さずにこのレベルで翻訳するというのは非常に難しいものです。どんなに珠玉の物語でも、世俗習慣が異なる人物によって書かれた言葉以外での文章は奇異さを残さざるを得ないものです。異なる文化に則っているため、作者の意図が十分訳書を手にした読者に十全に伝わることは非常にまれです。作者の手際なのか、それとも訳者の超訳なのかはわかりませんが、ほぼ完全に楽しめました。
なお、本書は『ダビンチ・コード』の前作です。『ダビンチ・コード』は既に読んでいるので、ダン・ブラウンの小説は二冊目です。分冊になっているので実際は3・4冊目ですが。
実によくできた本です。ミステリの王道を行っていますね。使い古され手垢が付いた手法がちらほらと散見できるあたりは残念ですが、ミステリをほとんど読まない人には新鮮かと。
この本のジャンルは多岐にわたっていますね。まずは『ミステリ』、次に『宗教』、最後に『科学』と。もう一つサブジャンルとして挙げるならば『蘊蓄』といったあたりでしょうかね。アジモフが生きていたら喜んだろうなぁと思える内容でした。それぞれのジャンルに拒絶反応を示す人も居るでしょうが、宗教に多少でも良くも悪くも興味を持ってる人ならば読んでも問題ないはずです。二転三転する状況に読み手は翻弄されながら読書の楽しみを噛みしめるでしょうから。ただ、蘊蓄にうんざりする向きには向かないかと。ああ、そうそう、ジャンルという枠組みからはちと外れるんですが、エンタメであるのは確かです。エンタメを望む読者は読んで損はないでしょう。
ストーリー進行は三者視点で主格移動が激しいですが、少章が沢山連なってる形なので、単純化して読みやすいと思います。感情の発露としての描写はかなり少なめで、殆ど場合の主格の内面描写は必要最低限に抑えられているようです。この二点から物語を刻むテンポは非常に早く、軽騎兵の行進のようですね。俗に言うとまともなMMRみたいな・・・w
感情描写じっくり派の方にはそぐわないですな。
サスペンスとしての盛り上げ方をよく心得てる感じですね。山場が続けば続くほど胸が高鳴ります。

内容的な突っ込みを少々。ネタバレにならない程度に。
下巻に入ってからずっと聖マラキの予言*3がちらついてました。
あらすじに書かれているように反物質が本編に登場します。さて、反物質についてですが、書かれた当時にはもう既に確認されてたんですな。それも中に出てくる団体、欧州原子核研究機構(通称CERN:セルン)によってです。発見そのものは結構古いんですが、反水素は1995年に、ドイツの研究チームとセルンと生成発見され、2002年にはセルンと日本の研究チームで反水素を5万個ほど大量生産するのに成功と言うことです。ここの話のポイントは一つ。本著の原書が書かれたのは2000年だという事。100%反物質が兵器として転用されないとも限らないので、見事な未来予測だと言えます。
実にどうでも佳いことですが、作中に"東洋風の絨毯"なるものが出てくるんですよ。中東のペルシャものやイランものの毛織りの高級なものを言ってそうなんですが、シルクロードの中継地点とはいえ、中東を東洋の一部に入れるのは・・・大雑把すぎませんかね。
最後に、作者はアラブ人にかなり偏見を持っているような気がします。私も十分偏見の固まりですので人のことは言えませんが・・・、ハサシン像が実にチープでステレオタイプです。残念ながらアメリカ人特有の想像力のなさから生まれたとんちんかんなアラブ人像の気がします。ここら辺を勉強して欲しいですなぁ。
90点。
蛇足:
以下の囲みは必要な人だけ読めばいいかと。完全に蘊蓄垂れ流しの駄文ですから。

まぁ、これだけ書いてみてあれですが、日本人は基本的に異教徒です。キリスト教・回教に順わぬ民という事ですが、世界宗教で唯一仏教だけが洗礼を強烈に土着的に染みこませることに成功していますので、仏教徒と言った方がいいんでしょうかね。宗教は文化と、(端的に言って知識と、知識による思考法)に密接に関わっている為、宗教が異なると噛み合うものも噛み合わなくなったりします。日本では仏教が根付いているので、比較的理解がしやすい分野ではありますが、キリスト教・回教についてはほぼ無知と云って佳いでしょう。斯く云う私もキリスト教に限定するならば、オカルト的知識欲求から来る知識*4や社会常識としての表層をなぞっただけの文化*5なら多少なりとも知っては居ますが、宗教にまつわる歴史については殆ど無知です。さらに回教等ともなればブルガだの、家長制度だの、因習色濃い色眼鏡な情報しか殆ど入ってこないので*6、無知以前の問題ですな。キリスト教では天皇家並にワラワラと沢山いる歴代教皇が何をしたとか、何々という分派はどういう教義を持っていたのかとか、正直触れる機会がほぼ0なんですわ。まぁ、私個人に限定すれば、幼稚園*7と高校*8はミッション系だったので完全に0とは言い切れないんですが、オカルト的興味と倫理的論戦の相手以上の意味はなかったですねぇ。
日本人は宗教を受け入れはするものの、理解しようとする努力はわざわざしないようですねぇ。だから新興宗教なんかにころっと騙されたりするんでしょうが、どんな宗教であれ歴史が有れば醜聞を持ってるはずです。キリスト教と回教はその筆頭ですね。わざわざ宗教戦争をするぐらいですし。同じ宗教のはずが分裂、異端化で内輪もめも珍しくないです。キリスト教は20世紀に入ってから随分おとなしくなりましたが、15世紀から数世紀にかけて欧州で商売としての魔女狩りを行っています。ホロコーストなどよりもっとやばいことが横行していたのですよ、日常的に。中世から近世の暗黒時代を構築したのは教会であったと言っても間違いではありません。そんな宗教に関わり合いにわざわざなるなんてどうかしてますよ。原始キリスト教ならまだしも、原始キリスト教は教会によって巧妙に無かったことにされているという点すら気付いていない人が多いのじゃないでしょうかね、日本人の場合。そもそも原始キリスト教ってユダヤ教異端だって事を自覚してる人も少ないんでしょうね。大工であるナザレのイエスが「愛だよ愛」とか、「夫が居るのに売春するのって愛がないと思わない?」とか、「叩かれても反対側を出した方がいいさ、良心の呵責に囚われなくて佳いし、相手が気まずくなる。にっこりと微笑めばこちらに敵意が無いことが相手にわかるだろ?叩きたければ叩けばいいさ。愛をみんなに届けるんだ」とかなり電波な事を奇跡を交えながら布教したのがキリスト教と呼ばれる事になるユダヤ教*9の異端イエス派の始まりです。ま、パンと魚を無限に思えるほど出したり、水上を歩いたり、病気を癒したり、奇跡は一応聖書に記録に残ってますから有ったと仮定しても微妙な話ですが、イエスがしたかったのは何かというと、ユダヤの民の為だけにあるユダヤ教を宗教革命したかったわけですよ。弱者救済も謳って民俗宗教から誰でも救える宗教への脱皮を謀ったんですな。ナザレのイエスの志は高かったのは確かですが、イエスの志はきちんと継がれることは無かったんですわ。当時は異端として迫害されていたので弟子はみんな逃げ出すし、裏切られるし、散々。しかも死んだ後で人間じゃなかったと祭り上げられる始末。人間らしい部分はどんどん削られて無かったことに。それもこれもイエスを崇めることで自身が教皇になって偉くなるため、人々に崇拝されるためにやったってんだから・・・現代ですらイエスをありがたがってる人が全世界に沢山いるけど、自分がどれほど間抜けが気付いていないあたり痛い。ちなみにこのどさくさに紛れて、ユダヤ人がキリスト(救い主)を殺したとしてユダヤスケープゴートにしてたりします。以来ディスアポラの一端がここにあったりするわけです。ま、宗教を語って奉仕をする分には構わないけど、脅迫することで富裕層から定期的に搾取をする文化なんぞ糞食らえ!って感じですか。
目茶苦茶単純化してキリスト教について述べましたが、回教も仏教も大して変わりません。ユダヤと同根の回教とかは予言者と呼ばれる英雄願望者が駄文書きまくって何故か聖典になってるし、最大の巡礼地の中心は何故か隕石だし、現代的ではない戒律*10を守っていたりしてかなり変です。まぁ、回教にはほぼ無知なので何言っても説得力に欠けますな。
仏教では悟りと呼ばれるトランスを猿のようにする逝っちゃってる仏陀ナザレのイエスと同じように「愛だよ、愛」と説いて、死んだら無になるって考えのバラモン教の死生観が怖かったので輪廻転生を発明とか、教えはガンガン歪められて伝えられていくうちに大乗と小乗にわかれたり、何故か念仏唱えれば何でもOKになったり、仏教の看板は掛けられてるけど内実金儲け集団だったりもはや何のために在るのか存在理由が希薄になってすらいたりします。
世界宗教となんか偉そうですが、実際アニミズム偶像崇拝の域を出ないものの方がプリミティブで基本に忠実でよかったります。肥大化は組織の腐敗しか生みませんからね。それに原理主義的狂信者が出たときのやっかいさ加減はありません。
総じて高レベルで蔓延する宗教というものは、現在においては百害あって一利なしって思ったりするんですが、一般的にはどうなんでしょうね。あなたはどう考えます?
ま、私はひねくれ者なので、大嫌い且つ大好きという変態的な思考の持ち主故、アウフヘーベンが難しいです。

蛇足の蛇足:
実にどうでもいい話なんだけど、JOJOの奇妙な冒険の有名キャラクターの元となっているDIOってバンドありますな。DIOってイタリア語で「神」を表す単語とのこと・・・。
この本でスティーブ・ジャクソンの名前を聞くとは・・・。

蛇足の蛇足の蛇足:(しつこいw
エピローグは

その年ひっそりと二つの奇跡が認定された。

とかで終わると〆がきれいだったと思うんだけどなぁ。どたばたでも結構好きだけどね。

参考リンク

天使と悪魔(上)
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天使と悪魔(下)
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*1:上下をひっくり返しても読めるように書いた文字

*2:大気圏を少し飛び出したりするあれです

*3:教皇は112代で終焉を迎えるというもの。ヨハネパウロ二世が110代だった。ヨゼフ・ラッツィンガー枢機卿が111代でベネディクト一六世を襲名。なおマラキが生きていた11世紀以降の法王を列挙しているので、実際の代数がおかしい。実際はベネディクト十六世は256代法王

*4:ミルトンの『失楽園』とか悪魔や天使に関する知識やら地獄についてとかですかね

*5:クリスマスやらイースターやらセイントバレンタインデー、宗教革命等ですか

*6:手に入れようと自発的に動かないのも問題なんでしょうけどね

*7:ルーテル教会だったらしいです。まぁ、よく考えれば結婚してたから明らかにプロテスタントなんですよね。全く興味ない人にはルーテルって冠される物を見る人が居ると思いますが、ルーテルとは宗教改革をした"マルティン・ルター"のファミリーネームのルターの部分を北欧読みして訛った物らしいです

*8:カトリックの学校でした。会派はサレジオ会。イエスズ会がカトリックの会派では一番でかく有名ですが、その次に位置するのがサレジオ会です。町田に移動したことによって名前がまた変わったらしい・・・卒業してすぐ変わったみたいだからHP行ってみてびびった

*9:実はユダヤ教の元は拝火教の模様

*10:女性が肌をあまりさらさないようにさせるとか、豚食わないとか、酒駄目でハシシokとか