高村薫 李欧

言わずと知れたサスペンスミステリー作家ですわ。ハードボイルドな物を書かせたら今まともに相手できるのは大沢在昌ぐらいなもんじゃなかろうかって言うぐらいの作家でもあります。
代表作は最近映画になった「レディー・ジョーカー」や第109回直木賞受賞作の「マークスの山」、「マークスの山」の後継作に当る「照柿」、そして「リヴィエラを撃て」あとは未読の「神の火」あたりでしょうかねぇ。*1
どれ読んでも重厚さと精緻さそして綿密な下調べによるリアルさは心揺さぶるものが在りますな。
女流のハードボイルド作家というとジェイムズ・ティプトリー・ジュニアが浮かぶけど、ちょっと方向性が違うかな。生活に即した部分の描写が巧い人でもあります。

あらすじ

幼き日母親に捨てられた男吉田一彰。自棄というにはあまりに意思が無く無軌道に大学を辞め、自身の先のことを考えず、ただ、バイトでその生を得ていた男は、自身の母親のその後を追っていた。母は男と失踪したのだ。男はかつて一彰の子供の頃住んでいた大阪のアパートの裏手にある町工場の従業員だった。工場で出会った7人の男のその後を辿り、男を捜したが、台北でその足取りは消えているという。ある時7人の中の一人から頼み事をされる事となる。一彰のバイト先のバー「ナイトゲート」で電話の受け答えをしてある男を電話口まで呼んで欲しいという。
「ナイトゲート」というバーは表は医者や弁護士など金周りのいい客を捌きながら、裏では麻薬や銃の密売の取引、商談の現場や客の求めに応じて闇カジノ場ともなっている黒い店だった。
一彰が中国語が堪能故に中国語でかかってきた電話の取次ぎをよくやっていた事を逆手に取った手法だった。一体誰を呼ぶのかと聞くと、電話で呼び出すその相手は彼の求めていた母と一緒に居なくなった男だという。様々な感情が去来したが、相手が殺される運命にあるという事を聞いてからは別にどうでもよくなる。ただ、母親のその後についての興味は尽きないが、切迫感はなかった。
その後バーで言われたように電話を取り次ごうとするが、相手が電話をかけてきた男は昨日死んだという。だから出られないと。なんともいえない時間が数瞬すぎ、唐突に後ろから突き飛ばされ、銃声を聞く。二人の男が銃弾で肉隗に変わるのを見た後、銃声の主を仰ぎ見た。
ヒットマンはあいにく顔は見る事は出来なかったが一彰と同じくボーイ格好をしているようだった。彼はそのヒットマンが最近入ってきたディーラー役の男で有るのを後に知る。ほとんど面識は無かったが、一度店を閉めた後にフロアマネージャーに会いに来たと言った時の彼の様子をよく覚えていた。表情豊かな端正な顔、優美な舞とそれにしっくりとくるしなやかな手足、そして「お前が気にいった」という言。笑って相好を崩した相手が半端な相手ではないことを一彰は時間をかけて知り、そして彼との再会を待ちわびるようになる。彼の名は李欧。

感想

高村薫にしては珍しく救いのある内容ですな。マークス、リヴィエラ、照柿と闇を見つめる目みたいなものを常に読者に意識させるところが有って、禍々しさと表裏一体になった純粋さが時節キャラクターの端からのぞき、読み手に悲哀を感じさせる方向が強かったけど今回は青春ものって言っていいぐらいの内容ですし。ま、リヴィエラはハッピーエンドって言ってもいいかもしれないけどね。マークスと照柿は刑事物だったからより一層虚無感が強いのかもしれない。
いつも通り生活臭が存分に漂い、やはりそれでも暗い陰のある主人公が存分に描かれています。照柿のときはうちの地元が舞台になってたけど、あまりに実生活から遊離した工場の描写と主人公の酩酊に近い黒い想念の津波がきつ過ぎた為に好きにはなれなかったけど、今回はやたらと工場の描写が多いものの、気にはなりませんでしたわ。ああ、本当に金属加工というものが好きなんだなぁとか、すずめ百まで踊り忘れずとか感慨にふけれるような内容でした。
久々に快作に出会えた事に喜びを禁じえない、ありていに言えばそうなります。
90点。

参考リンク

李歐
李歐
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高村 薫
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*1:なお「レディー・ジョーカー」も未読