村上春樹 ノルウェイの森

あらすじ

主人公の親しい人たちが精神を病み、自殺していく中で、悩みながら1960年代後半から70年まで生きていく話。

感想

実質読むのは2冊目の村上春樹の小説。前に読んだねじまき鳥クロニクルとまるで対になっているような話だった。ねじまき鳥は死ぬ人が一人だが、こちらは複数死んでいる。ちょっと死人が多いんじゃないかとか思ったりした。特に世を儚んで死にすぎ。それぞれ状況は違うが、死ぬということに安易になりすぎているきらいがあるように思えた。
文章技術的に気になった点としては筆者の特長とも言えるところが目に付いた。物語中で大抵二度同じ事を描写する事だ。必ず二回というわけじゃないが、説明として語られる場合によく表層的な表現と深層的な表現を使い分けている。言い方は悪いが、大抵その描写は矛盾に満ちている。一回目の表現を二回目の表現で打ち消す形で用いられているので読み手は気にせず読んでいられるのだろう。これは小説だからいいわけだが、主人公はいつも透徹したものの見方をしている事に結びついている。まるで神のようですらある。なので、ちょっとやりすぎな気がした。
あと精神病は伝染するという事を思い出したりした。これは語弊を招く表現だが、実際の分裂病*1患者の世界をわかちあうような作業をすると精神的に病んでいくという事があるからだ。故に医者は明確に患者の世界はおかしいとある意味説得するらしい。*2
分裂病患者はそれぞれまるで指紋の形が一人ずつ違うように別の世界を構築する。もちろん普通の人も認識している世界はそれぞれ違うものだが、ある程度の世界観の共有はスムーズになされているし、はみ出す傾向はある人もいるかもしれないが、殆どはその領域をでない。しかし、分裂病患者は世界を新たに構築してしまう事で、外世界との接触を断ってしまう。人は親和能力をみな持ち合わせているので、普通の人は精神的に病んでいる人にひきつけられてその世界の洗礼をあび、長く留まると戻ってこれなくなってしまう事になってしまう。また厄介な事に分裂病は完治出来ないという面もある。現在は薬理療法が発達しているため向精神薬である程度発作や幻聴・幻覚を押さえ込んだりしやすくなっているが、万能では決してない。作中では都合が悪いのか、不適切だと思ったのか、全くといって、具体的な精神病の描写が無い。”たがが抜ける”などと表現はしているが、状態が悪くなってどのようになったのかという事については、別の世界にでも行っているような感じである。このあたりに奇麗事で片付けていると感じさせる要因があるのではないか。
総じて恋愛小説として読むならば45点というところか。入れ替わり立ち代り女性と関係するという点では主体性のない主人公はまるでハーレムアニメの主人公の如しといった感じである。ただし、この本に書かれている文には名文が多い。例えばこの一節。

でもそんな風に僕の頭の中に直子の顔が浮かんでくるまでには少し時間がかかる。そして年月がたつにつれてそれに要する時間はだんだん長くなってくる。悲しいことではあるけれど、それは真実なのだ。最初は五秒あれば思い出せたのに、それが十秒になり三十秒になり一分になる。

そこら中に散見できる名文は時代を乗り越えるだけの普遍性があるのではなかろうか。自分にあった名文を探す楽しみを持っている事を含めば人によっては生涯の一冊となりうる事もあるだろう。ただし、自分にとっては70点ってところか。
鬱書としては打撃が薄すぎるし、あくまで青春の一ページ的な感じが過ぎる。主人公が受身過ぎるところも難点の一つだし、何より主人公に全く感情移入が出来なかったのが痛い。

追記

ねじまき鳥も複数死んでますな・・・。何ボケてたんだろ。

ネタばれ注意

最後の最後で自分は一人で世界とは別であるという事の認識を得て、孤独感を演出する辺りが青臭い。繋がって居たい人間に電話をかけてそれを認識するあたり、実にボケボケでもある。実在しないようないい人を描きすぎとも感じる。このぐらいの歳ならば老練じゃないわけだし、感情表現はもっとストレートだろう。
あとどうでもいいが、この小説内に出てくる女性はまるで猫のようだと思った。緑なんて典型的過ぎるが、甘ったれなのに拒絶したり、唯我独尊的なものいいだし。こういう点については若い女性についてリアルだなぁとかしみじみしちゃいましたよっと。

参考リンク

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

ノルウェイの森(上)

ノルウェイの森(上)

ノルウェイの森(下)

ノルウェイの森(下)

*1:現在は分裂病ではなく統合失調症という

*2:例えば電波という言葉があるが、患者が電波が聞こえるかと問う場合は、聞こえないと明確に伝える必要があるらしい