アンソロジー 青に捧げる悪夢
あらすじ
世間から隔絶された全寮制の学校で『笑いカワセミ』というゲームが流行っていることをヨハンはファミリーのジェイから聞いた。ファミリーとは中高の六学年を縦割りにしたグループのことで、彼らとは生活の基盤を一つにする仲なのだ。
やがて人為的な事故が連続して起こるに至って学内で問題になった。何しろ犯人らしき人物は実行が上手くいくと笑いカワセミの様な笑い声をたてるのだ。愉快犯的な意味合いが強く印象づけられる。ヨハンは犯人捜しを始めるのだが・・・。
十七歳の誕生日を迎えた渚は少し困っていた。渚の誕生日は夏休みの開始日と同じなのだ。母親が細腕で育ててくれているから余計な心配をかけたくはない。結局渚はあてのない誕生日を過ごすこととなった。住んでいる場所が適度に田舎なものだから渚はその足の行方を繁華街に向けることなく静寂の満ちる別荘の群れへと向けた。そちらの方には古びた保養施設がある。なんの手も入れていないので相当荒れ果てているが自分の心情にマッチしているかもしれない。そう思って少しわくわくしながら向かった先で渚はちょっと変わった遭遇をした。崖付近で戯れていた渚を身投げするものだと勘違いした人物に助け(?)られたのだ。月明かりさえ無い暗闇の中でふたりは少しだけロマンチックな経験をする・・・が、それは単なる始まりだった。
カメラマンの木下は仕事で一卵性双生児の双子の駆け出しアイドルの仕事に関わることになった。彼女たちはそれぞれ深山はるのと深山あきのという。木下は今回被写体の良さを出す手法としてプライベートな空間を用いれれば・・・そう考えていた。初日の今日はあまりにふたりとも緊張しているようだったので納得のいく出来からは遠かったのだ。以前アイドルの写真を撮ったときにその手法を使ったことで上手く云ったことがあったからそれをもう一度というわけである。まさかそれが殺人トリックの仕込みに使われるとは木下は露ほども考えていなかった。
- 小林泰三 攫われて
乱雑にとっちらかった部屋には僕と恵美が住んでいる。恵美は無気力で何かをやろうとしようとすらしない。僕はそんな恵美との生活を続けていたが、ある時恵美は自分が昔遭遇した事件のことを僕に打ち明ける。
恵美はその頃小学生で幸子と馨という友達と一緒に学校から帰る途中で怪しげな男に出会ったらしい。男は公民館への行き方を三人に聞いて、案内して貰いたいといい、車へ三人を上手いこと導いた。当然誘拐を目的とした行為であり、三人を乗せた途端に男は豹変した。道中で幸子は男に殴られまくり、動かなくなってしまった。恵美と馨は男の用意した山小屋からなんとか抜け出そうとしたらしいのだが・・・。
- 乙一 階段
私*1は十二年ぶりにその地へやって来た。陰惨な過去を背負った家は既に無く、ただ荒れ果てた小さな土地があるだけだ。懐かしさというのとは違う感慨が胸に去来する。これは風化したはずの恐怖だろう。手にはじっとりと嫌な汗が滲む。緊張するのもやむを得ない。それは私にとって確実にそこにあった危機だったのだから。
十二年前、この土地には我が家があった。そしてあの階段があったのだ。我が家は誰しもが思い浮かべるような快適な安息の場では決してなかった。その理由はただ一つ、父の存在である。父は厳格という言葉からは遠く離れた単なる暴君であった。家庭に君臨する暴君は母に、妹に、そして私に容赦のない暴力を加え続けた。それは陰湿に、無抵抗に対して強権的に、自らの力を誇示するが如く果てしない物だった。
私には梢という妹が居る。梢は小学校に上がるまで私の部屋のある二階には自分の足で上がることはなかった。古い木造家屋の階段は長い年月に渡り人の足で磨き上げられ、急勾配とその極端な幅の狭さで危険と目されていたからだ。素足ならばいいが、グリップの利かない靴下のままでは滑ってしまいかねない。だから妹は二階に上がる場合は母に抱えられて上り下りをしていたのである。しかし、小学校に上がると云うことで父と母と三人で布団を川の字に並べることは無くなった。父が梢を二階の部屋にやったのだ。
結果的に梢は威圧的な父から逃れる事が出来、一時の安息を手にした。新たな問題が立ち上がったのはこの頃だ。梢は家の階段の上り下りに対して苦痛を覚えていた。恐怖心を煽るに十分な高さと絶壁を思わせる急勾配は心理的に彼女を圧迫したのだろう。梢は酷くのろのろと階段を上り下りした。父がそこに目を付けることになるのは必然だったかもしれない。理由のない暴力はその端緒を常に舌なめずりして待っているのだ。
朝、父は梢に三十秒で下りてくるように通告した。時間内に下りてこられなければ朝食は抜きである。私と違って儚げで細い梢には地獄の日々であっただろう。ある時などはお腹のすきすぎで倒れてしまったほどだ。
母は私達に家の中での出来事を他言しないように強く言い含めていた。母は常に私達を守ってくれたわけではなかった。父に付和雷同し、父がいなければ私達と仲良くしていた。母は私達にとって憎むべき敵のはずだった。あの日までは・・・。
- 篠田真由美 ふたり遊び
十一歳のジェルソミーナは郊外の洋館にただ一人で過ごしていた。彼女には両親と弟が居たが、今は誰も居ない。だだっ広い<お城>で気ままに一日を過ごすのは彼女のお気に入りだった。
元々ジェルソミーナはこの<お城>に来たくて来たわけではなかったのだ。彼女の弟はどうやっても善悪の区別が付かない性分で前に住んでいた街で毒薬を使った事件を起していた。一家はその事件が元でこんな辺鄙な場所にやってきたのだった。でも今は両親は居ない。毒の入ったお茶を飲んでしまって息絶えたのだ。そしてその犯人であろう弟も今はここにいない。
故にジェルソミーナはこの古ぼけた洋館のありとあらゆる場所で悪徳を蔓延らすのに大わらわなのだ。禁じられた場所で禁じられたことをする。例えば入ってはいけないという場所に入り、禁じられた本を読み、夜更かしをして時間を潰すのだ。子供じみてはいるが彼女にとっては真剣事なのだ。なにしろこの閉じた<お城>は今や彼女の物なのだから。死んだ父と母の幽霊はぼんやりと度々出てくるが彼女に何を言うでもなし、苦悶に満ちた表情と饐えた胃液の匂いを漂わせるぐらいのもので怖いとかいう以前にその存在その物が疎ましいだけの存在である。幽霊何するものぞ、そういわんばかりにジェルソミーナは君臨していた。臣下の居ない女王陛下の如く。
- 新津きよみ 還って来た少女
夏休みが近づいた頃、七穂は級友の智子からこんな話を聞いた。自分とそっくりの子を見かけたというのだ。自分と似ている人は世の中に三人いる、そんな話もあるが七穂がぞっとしたのはそういう部分ではない。智子は俗に言う「この世ならぬものが見えてしまう」性質の持ち主なのである。
故に七穂は自分とそっくりな人物を捜し出そうとする。勿論幽霊かもしれないのだが・・・。
- 岡本賢一 闇の羽音
ナオトとユリカは夜の闇濃い中、老朽化した建物へと近づいていった。二人が何故子のようなことをしているかというと、二人の友人であるアカネが行方不明になったからだった。ユリカとアカネは同じマンションの別棟に住んでいるのだが、目と鼻の先の距離でユリカと別れた後アカネは失踪してしまった。日本だけに限っても理由のない失踪という事案は年間二万件近く起きている。警察に相談し、捜索願を出すというありふれた手段では実効性が極端に低いのも事実なのだった。何かの事件に巻き込まれでもしない限り警察は動くことが出来ない。だからこそナオトはユリカにアカネを探そうと持ちかけたのだ。
二人の住むマンションの裏手には幅二十メートルぐらいの川が流れている。そして対岸には古びた工場とかつてはその寮であったらしい建物がある。ナオトはそこが怪しいとにらんでいた。勿論なんの抵抗手段も持たずに適地かもしれぬ場所へ乗り出すなどと云う事はなく、周到に準備をして二人は足を踏み入れたのである。しかし、ナオトは盛大な勘違いをしていた。状況は斜め上をいっていたのだ。
- 瀬川ことび ラベンダー・サマー
晃司、由紀夫、隆行は幽霊部員の多い映研では数少ない活動をしているメンバーだ。今回は由紀夫の家の別荘でちょっとしたフィルムを撮る予定だった。「避暑地の淡い恋と少年の夏の日の思い出」というコンセプトの甘酸っぱさたっぷりの作品は予想もしないところから躓いた。由紀夫が連れてきていた当の女優がこの環境に耐えられないのだという。別荘といえば聞こえが良いが、実際は山の中に立つ建物である。故にやたらとでかい昆虫が邸内を徘徊していたりするのが普通なのだ。彼女の我慢はぷつんと音を立てて切れ、怒りにまかせて行動をさせてしまったのだ。そう、帰ってしまったわけだ。
そうなると困るのは残された男三人だ。女優が居なければ取る予定の作品に大幅に手を入れざるを得ないだろう。晃司は技術を持っていないから口出し出来ないが、由紀夫と隆行はなんとか作品を撮ろうと苦肉の策である女装案を持ち出してきた。晃司は役得のラブシーンが消えたと思ったら罰ゲームさながらの展開に寒気と精神的疲労を覚えていた。だが、彼の意は作品を撮ることに燃える他方の二人には全く届かない。結局腹を括って代案を凌ごうとした晃司だったが、撮影の始まる前に奇跡が起こった。コンセプトにしっくり来る女性にたまたま遭遇したのだ。しかも、二つ返事で撮影を了解してくれるという展開は奇跡以外のなにものでもないだろう。
演者のはずの晃司は彼女に遭ったことで素の自分になってしまっていた。正直言って非常に愉しい時間だった。だが、撮影後、由紀夫と隆行はチェックしたいと申し出る晃司にはフィルムを見せてくれなかった。なんやかんやと理由をこじつける彼らと問答を続けても無駄と悟った晃司はやむなく引き下がったが、風呂に入る前に忘れ物を取りに行ったところで信じがたい物を見てしまうのだった。
- はやみねかおる 天狗と宿題、幼なじみ
快人と春奈は幼なじみだ。しかし二人の極相は相反している。快人は質実剛健で快刀乱麻、模範的な四角四面の優等生であるが、一方の春奈はというと自堕落を絵に描いたような標準的小学生なのである。
夏休みという長い休みであっても快人はその幼い顔立ちには似合わない堅苦しさを醸し出しつつ宿題に取りかかっていた。涼しい間に勉強をするというのは捗るものだ。だが、春奈はそんな快人のしたり顔に不満げである。理由は明白、快人が春奈に構ってくれないからだ。快人が取りかかっているのは自由研究の「街に残る猪垣について」というものだ。猪垣とは食害を成す猪に対する対抗手段であり、そのほとんどは江戸時代に作られたらしい。現代においても数は少なくとも未だ残っている。快人は古老を訪ねて話を聞いてまとめているのだった。
古老は快人よりも融通の利く人だったので退屈な話の合間に奸計のない挿話を挟んでいた。用意周到な快人は取材に際して音声の録音をしていたのでそれも含めて材料は揃っている。あとは仕上げるだけのはずだったのだが、うちに入り浸っている春奈が勝手な舵取りを始めてしまった。古老の挿話に戦前の「天狗山の天狗」という話があったのでそれに興味をそそられたのだろう。隠して快人は嫌々ながら天狗にまつわる話の検証を始めたのだった。
感想
『赤に捧げる殺意』の前に出たアンソロジー『青に捧げる悪夢』を読みました。この二つはどうやら対になっているようです。一応こちらもミステリーを基調としたアンソロジーという建前のようですが、やはり挟まれているホラーの短編を見るにホラー・サスペンスの方が傾向として強い様です。ただ、ミステリーの短編もきちんと入っているのであくまでその印象が強いだけですが。
こうなってくるとやはり考えざるを得なくなるのは「何を基準にしてどういうコンセプトで纏めたか」というこの本のテーマです。表題の『青に捧げる悪夢』からでは「悪夢」をテーマと考えるのが自然かもしれませんが、必ずしも「悪夢」と言い切ってしまえるだけの根拠は薄弱でしょう。そうするとやはり著作者陣をチョイスしているように思えてきますから不思議です。つまりは作品とそのテーマではなく、著者の方に重きを置いているようですね。当代の戯作者を一堂に会するのが狙いなのかもしれません。ではそれぞれの作品に行ってみましょうか。
佳い意味でも悪い意味でも恩田陸らしい話です。元々シリーズとしてやっている話だそうで、既刊として『麦の海に沈む果実』は舞台と登場人物を同じくしているらしいです。
この話で一番気になるのは「舞台はどこ」で「何語を喋っている」のか?という点ですね。よもや全員日本語を喋っているなんていうのは無しに願いたい物です。でもそうでなければこの話は成り立たないわけで・・・。
どうでも佳い部分での齟齬は悪い方向で、萩尾望都の作品のような異界感と少々のフェティシズムを孕んだ妖しさは良い方向でファンタジーっぽさを演出してますね。一応ミステリーという形は取ってるけどミステリーというよりもどこか古典っぽい。クリスティのあれを思い浮かべる感覚を挟み込んでいるのかも。女性受けはしそうだけどそれだけかなぁ。
若竹さんは名前だけ何度も見かけてましたが初読み。コージー・ミステリーが得意だそうでそういう分野を知らなかった私は初めて知りましたが、これはこれであり。ライトで直接的になった西澤保彦みたいな感じかなぁ。これも女性受けしそうではある。でもちょっと若い感性部分は女性ならではの筆なのか違和感を感じた部分もちょっとあった。単に私が女性作家が苦手なだけなのかもしれないけれど。
ネタとしてはちょっと唐突で種明かしのドンデンは良いけれど全体はややアンバランス。余さず使い切ろうとする気概は買いたい。伏線がありとあらゆる部分に張り巡らされてるからねぇ。
正直他の本も読んでみたくなりました。
ブラックな中の仄かな甘みと酸味が特徴的な作家さんっぽいんだけどこの短編では不完全燃焼気味かなぁ。解決部分は好きな方だけどトリックはありふれてるし、人間的成長やら残酷さには今回は縁がなかったようだしねぇ。ま、誌面の関係上って奴なんだろうけど。
ただまぁ、動機部分はかなり納得のいく方向だったからこれはありかな。この作品からだとハードボイルド系の方向の人っぽいね。
- 小林泰三 攫われて
実に懐かしい名前に遭遇しました。ってまだ作者は存命でつい最近作品集の『脳髄工場』出したばっかりですがね。なお、懐かしいってのには理由があります。『玩具修理者』を学生時分に読んで以来手に取ってなかったからです。まぁ、正直薄情ですねぇ・・・。
しっかし、久しぶりに読んでみると「ああ、なんて厨臭いんだw」とか目茶苦茶な感慨がわいて来ちゃいました。混沌を稚拙さに擬態させそれらしく話は構築されています。当然ながらこの話はホラー基調です。ありふれた題材を上手く料理したのは確かですけど劃然とした重力を持った異界感は読む人を選びそうですねぇ。でもこの雰囲気を味わっちゃったら久々にホラーが読みたくなってきました。あとなんとなくヴィジュアリストの人を想起しました。結構距離的に近いかも。
- 乙一 階段
私がこの本を読む気になった一番核心的な作家の作品登場。暗黒小説家はやっぱり目の付け所がおかしいわ。日常の非日常を切り取るという意味では既に無くしてしまっているものを追体験させるなんていうショックは中々遭遇できないですよ。この話は高所恐怖症の人にとって相当なスリルを味わえること確実ですわ。当の高所恐怖症の人間が云ってるんだから信憑性が増すと良いなぁ。
ま、なんにせよこの本の中で少なくとも玉が一つは入っているのは確実。作者にしては短編として考えれば少々回りくどい構成もこれはこれで味がある。恐怖という要素を日常的な部分で補強しているだけに強烈ですよ。殺人鬼が出てきたり歩く死体が出てこなくてもホラーは成立するんですなぁ。
- 篠田真由美 ふたり遊び
どっちかっていうとファンタジーな話です。幻想味はたっぷりだけれどうちに籠もってしまう話なのでちょっとがっかり。アイデアは悪くないんだけどねぇ。やっぱり日本の風土から西洋方向へ向かうのは憧れなんだろうか。
- 新津きよみ 還って来た少女
ある意味でホラーとミステリーを両立させた作品ですが、もっと野放図に話を広げて悲劇調へ持っていった方がネタ的にはマッチしたかも。少女漫画系ホラーの悪意を形にしたのは良かったけれど、誌面の関係でドロドロが中途半端に感じました。決して嫌いじゃないんだけどひと味足りない。
- 岡本賢一 闇の羽音
臨場感たっぷりのサスペンススリラーです。使い古されまくったネタでも筆力次第で調理可能であることを証明しています。温故知新的な古典ホラーとして何も考えずに楽しめればokじゃないですかねぇ。偶にこういうの読むと新鮮だなぁ。
- 瀬川ことび ラベンダー・サマー
瀬川貴次でも活動している作家さんです。本作は笑激ホラーの系統。でもどこか慎ましやかで微笑ましい情景はギャップを産み出しているんでしょうけど視点的な部分でそれが打ち消されてなんともへんてこな味わいがでています。ま、これはこれでよし。
- はやみねかおる 天狗と宿題、幼なじみ
うーん、何とも言い難い作品でした。本作は嫌味なく上手いんですが、トリックが大時代的なような・・・。キャラなんかは文句ないんですけどねぇ。
一作だけではわからないことが多いので、順当に手を出していくかなぁ。
うーん、スニーカーのホラーアンソロジーを重点的に読んだ方が良さそうな気がしてきました。てか、ホラーアンソロジーならば異形コレクションを追う方が先かもしれない。でもあれ巻数多いんだよなぁ。
参考リンク
他のアンソロジーのエントリ
*1:この人は女性。