編:中島河太郎 ひとりで夜読むな 新青年傑作選怪奇編

ISBN:4041434041

あらすじ

スリランカコロンボという街で会った車椅子に乗った手相見の乞食を勝手に妄想。

寂れた寄宿舎で同居人の不審な行動を追う。

作者が野焼きに使おうとした本は捕鯨に関する貴重な実録物だった。そこに書かれていた黄金郷(EL DORADO)ネタを下敷きに千島列島のラショワ島を舞台に創作してみました、という話。

唖の姉に育てられた私はただただ成長していきながら日々何事もなく暮らしていた。ある時姉が何を生業に私を育ててくれていたのかに疑問を持ち、日常が瓦解する。

愛太郎は父と二人暮らしだった。父は弟に財産だけに留まらず母すらも奪われて病に倒れて以来働けなくなってしまったので、愛太郎は仕方なく父を養うために働きに出るようになっていた。それから父が自殺するまでその生活が続いたが、父が自殺するとひょっこりその叔父が現れて愛太郎を養うようになる。ただしほとんど最低限の暮らしであったが特に不満もなかった。叔父の生業は株の取引で、やがて愛太郎もそこで働くようになり特異な才能が有ることがしれるようになる。

のろまな眼科医は復讐のタイミングを虎視眈々と狙っていた。すぐには行わない復讐は彼の性分に合っていたし、相手にもショックを与えることが出来る。彼は一石二鳥の復讐を遂げた事柄の顛末を「殺人倶楽部」で語る。

  • 瀬下耽 柘榴病

水や物資が欠乏した船がようやくたどり着いた島は柘榴病という伝染病が蔓延した島だった。

  • 米田三星 告げ口心臓

友人のA君へB君からの手紙。内容はA君の父親の腐れた過去を暴いた物。
それに対するB君へのA君の手紙。

癲癇(てんかん)持ちの牧師が生業とは逆転した鬱積した悪魔のような欲望を綴っていた本を信者のひとりに見られてしまう。そこから日常がこぼれ落ちていく。

  • 妹尾アキ夫 本牧のヴィナス

ヒッキーとジャンキーと死体。

人まちがいと狂人の死と伝染病。

狼頭の人間が発見されたぞー!
発見者の内ひとりが死亡。

砲弾を体に受けた軍人が手足と聴覚、喋ることを失って帰還した後のお話。その体はさながら芋虫のようだった・・・。

感想

新青年という探偵小説雑誌で書かれた小説をまとめた本書。現在ではほとんどの人に知られなくなってしまった時代の残滓を集めた本でした。
その中でも三人ほどがまだ一応古典として残ってますね。巨頭江戸川乱歩、奇書の書き手夢野久作、ゴシック探偵小説家小栗虫太郎、この三人は流石に別格。あとは牧逸馬も一応含まれるのかな。この人はペンネームを三つ使っていて、林不忘名義で『丹下左膳』を書いています。なお、もう一つのペンネームは谷譲次メリケンジャップ物という恐らく米国で日本人が経験した事を痛快に書いたであろう書き物がありますけど、寡聞にして知りません。
それぞれの作家に関して詳しく語るのも無理なのでそれぞれの短編について書いてみたいと思います。
なお、これが書かれた当時はホラーとファンタジーと探偵小説がポーの影響かゴチャゴチャでして、切っても切り離せない物という認識が普通だったようです。故にひとくくりに探偵小説(推理小説)と言ってもホラーとして書かれている怪奇な物語も含まれちゃってるんですなぁ。佳い意味で所謂館物のようなゴシックさや乱歩の作品に通底する妖美さ・悪趣味ぐあい、などの雰囲気作りに役立っている部分もありますが、ファンタジー・ホラーを読みたい向きとしては蛇足でしょうね。
一応ホラーとして編まれている本書としては妙に推理小説的な趣向が鼻につく感じですが仕方ないです。

ほんとに妄想だけで書いた話です。状況描写を明確に書いているつもりなのか何か知りませんが、エスニックな香りはする物の9割9分が蛇足としか思えませんでした。だってラストの六行だけ読んでしまえば事足りるんですもの。
「単に車椅子には死体が埋まっている」という着想を児戯的に引き延ばして代入した所で終わってしまう所など何がしたかったのか理解に苦しみます。猟奇的な着想が何も生かされていません。

生者が死体を食べるという話はどこか怪談で聞いたことがあるような気がします。具体的には失念してるんでちょっと解りませんけどね。ガジェットは兎も角息づかいの聞こえるホラーの要素は満たしているのではないでしょうか。

何度か本は目にしてましたけど初めて著者の本を読みました。うーん、なんだろうこの講談調の読み辛くて意味のとりづらい文章は。無理矢理探偵小説にしようとしている無理さ加減も相まって微妙きわまりない。ちょっとこれじゃあ好きになるのは無理っぽいなぁ。

現実から解離したようなある種の寓話の香りのする話でした。現代人からするとストーリーの先読みが出来てしまう内容故弱い気がするんですけどこういう話はいいですねぇ。探偵小説的な物よりも文学方向の作品として考えた方が佳いかもしれません。

ドグラマグラ』で名高い夢野久作ですが、やっぱり初読み。思ったよりも良い内容でしたわ。本当の悪魔とはどんな物なのか、この一種皮相的な冷笑性の悪意には現代にも通じる物があります。ただ、当時はまだ黎明期ですから悪趣味に潔さが見えすぎていますね。人間描写が淡々と淡泊なのでもうちょっと濃く、更に憎まれっ子世にはばかる的にやりたい放題し放題する話の方が面白い気がしました。
興味がわいたので他の著作にも手を出す予定。

「殺人倶楽部」なんていう時代錯誤さに微笑ましさを感じてしまう本書ですが、流石にこれは現代では成立しないでしょうねぇ。手術の失敗でいきなり自殺を図る人物が居るとは到底思えませんし。でも探偵小説的なトリック趣向を凝らした話の作りはなかなか。

  • 瀬下耽 柘榴病

奇病を取り扱うというよくあるパターンの話です。全滅した村落の状況を記した本から語られる顛末は美化されすぎなのと都合の良さが目立ちます。正直二次感染以後の方が語られれば良かったのではないかと思わずにはおれませんわ。

  • 米田三星 告げ口心臓

これは完全に探偵小説です。トリックというか、殺害方法はもはや古典ですね。でも書面体で偽りの真実を語り、返書で実態を暴くというスタイルは現在でも十分利用可能な媒体かと。医学を修めた書き手だけにリアリティがありますわ。

所謂「王様の耳はロバの耳」の亜流です。聖職者の昏い欲望とその果ての凶行というのはステレオタイプですねぇ。でも落差が激しいほどカタストロフが愉しくなるというのはわかります。でも癲癇*1が残酷かそれとも信心深いかってのは時代がかった偏見で論拠足り得ないわな。ま、現代と比較するのがそもそもおかしいんですがね。

  • 妹尾アキ夫 本牧のヴィナス

はっきり言って何が言いたいのかワケが分からん。ヒッキーが実は死体と暮らしていて、死体はジャンキーの妻だったとか言うことを最後であかすためだけに構成されたとしか思えないわ。

一杯に書かれた絵図には外があって更なる思惑がある、という類の話ですが、勘ぐりすぎ且つ何のために主人公をその絵図の中に含めようと用いたのかが謎のまま話が終わるのには不気味な余韻というより、すっきりしない後味が残ります。軽妙な語り口だけにもっと読んでみたかったなぁ。六編だけ書いて筆を折ったなんて時代が悪かったんだなぁ。

南米の奥地には未だ未踏の原野が広がっていて、そこには幻想的な生物が生きている。当時的にはこういう冒険小説的なロマンが成り立ったんだろうけど、流石に「怪物が居るぞー」と叫ばれても「え?ムー?UMA?川口探検隊?」的な冷めた反応しか出来ないわな。それもサスペンスとして成り立ってないから酷い。正直だからどうした、で終。

御大だけに流石。というより、「人間椅子」と共に有名な話だからねぇ。なんだかんだ結構乱歩の作品は読んできてたけど、これは実は初めて読んだのでちょっと嬉しかった。
やっぱり不気味さや奇想については随一だわ。ただ、猟奇趣味の範疇なので嫌いな人は嫌いだろうなぁ。


本書の半分ぐらいは青空文庫で読めますな。ホラーを読みたいということで選ぶ本ではないかと。だって無駄に謎解き要素入れてたりしますからねぇ・・・嫌全部じゃないですけどね。推理小説の黎明期の古典を覗くという意義の方が強いですわ。
個人的には葉山嘉樹渡辺温夢野久作小酒井不木・米田三星渡辺啓助星田三平江戸川乱歩、このあたりが読みやすかったです。

参考リンク

新青年傑作選怪奇編 ひとりで夜読むな
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角川書店 (2001/01)
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*1:てんかんが変換できないのはおかしいって。